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2017.01.17

レビュー

ジョブズ、ラムスが傾倒した「ZEN」は、ビジネスにどう活かすのか?

禅に心惹かれ大きな影響を受けた2人の外国人の話からこの本は始まります。1人はスティーブ・ジョブズ。彼が求めた「シンプルで美しく。見えないところまで美しく」というデザイン思想は禅そのものでした。この禅は海外では“ZEN”として広く浸透しています。

もう1人はディーター・ラムス。ドイツの工業デザイナーで「ドイツの電気機器メーカー『ブラウン』に勤め、数々の電気製品にデザイン」を手がけました。ラムスの「デザインにおける哲学は、“Less but Better”(より少なく、しかしよりよいものを)」という考えでした。アップルのiPhoneなども、ラムスなしには生まれなかったといわれるほどです。彼をそうした方向に導いた一つが、日本の伝統意匠であり、禅だったのです。

ちなみにラムスには良いデザイン10ヵ条というものがあります。
1.Good design is innovative.:良いデザインは革新的である。
2.Good design makes a product useful.:良いデザインは機能的(役立つもの)。
3.Good design is aesthetic.:良いデザインは美的である。
4.Good design makes a product understandable.:良いデザインは製品を分かりやすくする。
5.Good design is unobtrusive.:良いデザインはでしゃばらない。
6.Good design is honest.:良いデザインは正直。
7.Good design is long-lasting.:良いデザインは長持ちする。
8.Good design is thorough down to the last detail.:良いデザインには細部に至るまで完璧である。
9.Good design is environmentally friendly.:良いデザインは環境にやさしい。
10. Good design is as little design as possible.:良いデザインは可能なかぎり小さなものだ。

この10ヵ条にも禅の影響があるのではないでしょうか。このラムスは京都の禅宗寺院・建仁寺で展覧会を開いたことがあるそうです。

卓越したデザイナーに影響を与えた禅ですが「禅はすぐに目に見える利益を与えてくれるものではありません。だからもし、ピンポイントで即効性のあるゲインを求めたいのであれば、禅は役には立たない」ものです。
──禅はすぐに役立たないと言っても、禅の考えを知り、それを日々実践し、長期的な視野で利他の心を持って物事を考えれば、いつか必ず、自分に返ってくるときが来ます。より大きな何かをその人にもたらしてくれるかもしれません。──

この本で松山さんが幾度も説かれる禅の本質に「ゲイン」と「ルーズ」というものがあります。
──仏教を信じたからといって、すぐに何かが得られるわけではない、ということです。仏教、特に禅の教えは何かを得るための手段ではありません。むしろ、失うためのものなのです。(略)
失うとは余計なものを削ぎ落とすことです。そうすることで最も大切な本質に目を向けることなのです。──

無心になる、それが禅の本質です。そしてその境地に達するために修行を重ねるます。それは「ルーズ」への絶え間ない実践といえるでしょう。

この徹底的に実践(修行)を行う禅の本質が「不立文字、教外別伝」という言葉であらわされています。
──「不立文字」とは、文字や言葉ではなく、実際の体験によってこそ釈迦の本当の教えを体得できるということ。「教外別伝」とは、仏様の教えを弟子に伝えるときには、経典の文字や言葉によるのではなく、心から心へ、その人の全人格とともに伝えられなければならないということです。──

「文字や言葉ではなく、体験によって悟りを目指す」禅は「究極的には言葉がいらない」ものといえます。言葉を超えるがゆえに外国人であろうと、修行を積むことで禅を知ることができるということになります。ただし修行している外国人には疑問を持つことも多いようです。たとえば「陰徳」という行動があります。陰徳とは人知れず、時には自分の利害に反してでも行う振る舞いのことですが、これは行動に理由(なぜ行うか)を求めがちな欧米人にはなかなか通じないようです。やはり、その人の置かれてきた環境や文化によっては理解できない(思いもかけない)ものもあるようです。ですから禅では実践が重要視されるのです。
──重要なのは、「まずやる」ということ。その体験を繰り返し、まず実践する習慣を身につけること。そういう姿勢ですべてのものに向き合うのです。頭で考えて終えるのではなく、実践する。一見意味がないように見えることの背後には、そのような教えが隠されています。──

禅の実践法に瞑想というものがありますが、禅の瞑想法と良く似たものに欧米で流行しているマインドフルネスというものがあります。グーグル、ゴールドマン・サックス、ナイキ、インテルといった企業では「企業の経営や社員研修のやり方、リーダーシップの育て方」をマインドフルネスに基づいて行っているそうです。一見、禅とよく似て親和性がありそうですが松山さんによると、マインドフルネスは実は「瞑想するということは同じであっても、本質が全く異なる」ものなのだそうです。

──マインドフルネスによって不安な気持ちが解消されたり、身体が健康になったりするというのは、とてもいいことだと思います。効果が科学的に証明されることも、多くの人が興味を持ち、実践してみようと思うきっかけになるので否定するつもりはありません。ただ、効果があるからやろうというのは「ゲイン」の考え方になります。(略)つまり一番根本にある瞑想する動機、目指すべき方向が、禅とは全く異なっているのです。──

マインドフルネスという方法での心の訓練には利己というものがつきまといます。禅は目の前の利益ではなく、どこまでも「実践すること自体が目的」にならなければならないのです。
──もう一点私が思うのは、こうしてある意味、功利主義的な考え方のもとで得られた幸福感というのが長く続くものなのかどうか、ということなのです。──

このマインドフルネスがもたらす幸福感は確かに「ゲイン」というものです。禅は功利的なものに基づく幸福感をもたらすものではありません。功利的なものを離れた“無”を目指すことで却って多くの有(可能性)を生み出せるということなのではないかと思います。

ラムスのいうように革新的で美的で分かりやすくでしゃばらない、そして正直なものを生み出すものが禅なのでしょう。そしてそれこそが「グローバル」へ繋がる道なのかもしれません。心を空っぽにすることの大事さをしみじみ感じさせる、一気に読める素晴らしい禅の入門書です。松山さんの実践、体験談を通して禅の世界を知ってほしいと思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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