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2016.12.01

レビュー

日本人初のボンドガール・浜美枝の告白──孤独の先に素晴らしい人生がある!

読みすすめるにつれてどんどん気持ちがスッキリしてくる1冊です。浜美枝さんは1960年に16歳で女優デビュー、1967年には映画007シリーズ『007は二度死ぬ』(主演:ショーン・コネリー)で、若林映子さんとともにボンドガール役を演じました。その後も女優業、テレビの司会、ラジオのパーソナリティとして多面的な活躍をしています。

書名にある“孤独”について浜さんはこう語っています。
──誰かによりかかったり、頼ろうとしたりしているうちは、自分というものが見えてこないのではないでしょうか。そしてひとりであることを受け入れれば、自分の輪郭がおのずとわかってきて、今日をどうやって幸せに生きるか、自分で考えることができるのではないでしょうか。人間、孤独だからこそ今日一日がありがたく感じられ、周りの人を、より愛することができるとも思うのです。孤独こそが、自分の青い鳥を見つける道だと、私は今思っています。──

現在は箱根の古民家で暮らす浜さん、ここへいたるまでの長い道のりを綴った自伝的エッセイがこの本です。

1日違いで偶然にも東京大空襲の被災から免れた幼い日、とはいっても戦後は苦しい生活の日々が続きました。竈(かまど)の火を見つめながら涙した幼い日の想い出があります……。
──炎の奥に、底知れない悲しみ、深い深い寂しさ、生きていることに伴う孤独を初めてみたような……。──

家族を助けるために「しっかり者」「早く大人にならなくては」と頑張ってきた浜さんが“孤独”というものを初めて感じた一瞬でした。そしてこの時から“孤独”との長い付き合いが始まったのです。

中学卒業後バスガイドとして働き始め、偶然から女優のコンテストに参加することになりスクリーンデビュー。それも『若い素肌』という作品での主演女優としてのデビューでした。その頃のことをこう記しています。
──あの時代は、子どもが今より早く社会に出ており、私自身もずいぶん大人びた気持ちでいましたが、もしかしたら、私はいつも精いっぱい背伸びをしていたのではないかと。──

10代から20代にかけて行った一人旅、インド、ヨーロッパ、ニューヨークなどの地、浜さんにとって「旅は学校であり、塾であり、思索の場」というものでした。その場でも“孤独”というものが道連れだったように思います。

このエッセイを読んでいると“孤独”というものの意味が、とても気になってきます。辞典(白川静著『新訂字統』)を開いてみました。
孤:説文に「父無きなり」とありみなしごのこと。
独:牡獣。牡獣は群れていることが多いので、一匹の獣を独という。

“独”には“孤”と同様に係属するものがないことを意味する「独行・独立」ということだけでなく、同時に、「群れから離れて行為する」という「独歩・独住」という用例があるそうです。「独学」もまたそのひとつです。

この「独学」でいえば、浜さんには“旅”が学びの場であったように、デビュー後出会った大人(先輩)たちも先生であり先達でした。この本のいたるところで“先生”たちのプロフィールが描かれています。映画の先輩でもあった植木等さんをはじめ、岩田専太郎さん、土門拳さん、池田三四郎さん、フローレンス西村さん、天沼寿子さん、森瑤子さん、近藤金吾さんと多士済々です。旅先で会ったライザ・ミネリさんやマルチェロ・マストロヤンニさんたちも先生だったのです。

では彼らはなにを浜さんに教えてくれたのでしょうか。
──人生というものは、生涯学ぶものだよ。毎日ひとり、三六五日で三六五人の人に出会いなさい、人に会うことで、君は何かを見つけていくことができるだろう。そうして答えを自分で探せばいい──(岩田専太郎)
──君は女優という仕事をしてこんなに汗をかいたことがあるかい? 人を喜ばせるために流す汗の味を君は味わったことがあるかい? これほど汗をかけるっていうのは、とても幸せなことなんだ。──(マルチェロ・マストロヤンニ)
──お釈迦様もそんな風に旅をして歩いたんだね。仏教とは難解な思想じゃなく、とても人間的なものなんだよ。(略)人間はね、心が自由じゃなければいけないよ。──(植木等)

浜さんからインド一人旅の話を聞いた時、植木等さんがこういったそうです。この植木さんは娯楽作品についてもこんなことを話してくれたそうです。
「やっていることはばかばかしくても、それで人さまが喜んでくれるなら、いいじゃないか」
この言葉に浜さんはとても元気をもらったそうです。ちなみに植木さんの「お父様は僧侶であり、平和や差別解消を説かれ、投獄されたこともあったほどの信念の人物」でした。浜さんは植木さん親子の底にある「信念」というものに心打たれたのです。

これらの言葉が身に染みこんで聞くことができるというのも“独”のあらわれではないでしょうか。人から学ぶには学ぶ側にも能力・資質が必要なのではないかと思います。

そしてこの学ぶ力・資質と信念に導かれるまま生きてきた浜さんは生涯のテーマに出会います。それが“古民家”との出会いでした。

壺から始まった民芸への旅、柳宗悦さんの著作から受けたうけた感銘、さまざまな悩みを救ってくれた美術・工芸の世界との出会いが続きます。その頃の日本は田中角栄さんの日本列島改造論で地方の風景が失われていく時代でもありました。

ある日、山陰を旅していた時のことです。浜さんはある“声”を耳にします。それは古い民家を解体しているチェーンソーの音でした。柱に食い込むチェーンソー。それが林に響かせた音はまるで柱が叫ぶ「悲鳴」のようだったのです。

解体を止めさせる浜さんの行動、それはドラマの一シーンのように目に浮かんできます。その「悲鳴」を聞くことができたのも、浜さんが“独”として立っていたからかもしれません。きっと“独”だから感応できるものがあるのではないでしょうか。

自然の声を聞き、古民家で暮らす浜さんは今こう考えています。
──孤独は怖いものではありません。孤独の先にこそ幸せがあると、私は信じています。──

心が折れそうになった時、心がみだれ落ち着かなく感じられた時、何かに迷った時、そしてひとりでいることがつらく感じられた時、何かを見つけようと思った時、そんな時この本はたくさんのヒントを教えてくれると思います。幸せは“独”の姿であらわれてくるというようなことを感じさせる読書体験です。そっとページを開いてください、“孤立”にひるまず“独立”を歩んだ浜さんの姿が浮かび上がってくるのが感じられると思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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