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2017.01.14

レビュー

「やりミス」の超傑作! 呪われた生家の末裔に、トリックの雨が降る

「やりミス」って、ご存知でしょうか。

これは「やりすぎミステリ」の略で、本書の著者、小島正樹(こじま・まさき)さんの小説の特徴をわかりやすく表現した言葉が、「やりミス」です。過剰にトリックを盛り込んだ作風からそう呼ばれているのですが、実はこれ、言い出しっぺは小島さん本人だそうです。

そのきっかけになった作品が『武家屋敷の殺人』なのだとか。本書は2009年に講談社ノベルスから刊行され、大幅な加筆修正を経て2016年8月に文庫化されました。

この物語の主要な舞台は、表題のとおり「武家屋敷」です。江戸時代、寛政6年。とある武家の当主が、斬り殺したはずのやくざ者の姿を見て、乱心騒ぎを起こしたことに端を発します。乱心した兄に代わり、家督は弟が継ぎました。元当主の兄は座敷牢で暮らし始めるのですが、やがて腹を切って死んでしまいます。

──思えばこの家はその頃から呪われている。血に呪われている──

ときは流れて昭和。乱心したかつての当主のように、正気とは思えない筆致で日記にそう書きつづったのは、16代目当主、貴親(たかちか)でした。彼には、怜子(れいこ)という異母妹がいます。その怜子が、恋人の才藤清(さいとう・きよし)を殺害した──貴親が日記でそう告白するところから、本書は幕を開けます。

読み進むにつれ、徐々に不気味さを増していく日記には、殺したはずの才藤が貴親の前に現れたり、一晩で壁の色が真っ白になったり、その壁がうねうね動くなど、奇っ怪な現象が書き記されている。とても、事実とは思えません。

鹿児島出身の若い弁護士、川路弘太郎(かわじ・こうたろう)も、それらが現実の出来事だとは考えず、貴親は「統合失調症」なのではないかと疑います。

「平成十七年も、あと三か月を切った」頃、川路は、20歳になったばかりの静内瑞希(しずない・みずき)という女性から、生家を探してほしいと依頼されました。瑞希は赤ん坊の頃、児童養護施設の前に置き去りにされ、そのとき、かごの中に一緒に入れられていたのが、貴親からの手紙と日記だったのです。

その手紙によれば、瑞希の母は貴親の妹の怜子で、父親は才藤。つまり、くだんの呪われた武家屋敷が瑞希の生家です。

第一章では、その武家屋敷探しがメインの謎解き。川路の友人で、推理とカヌー(リバーカヤック)において抜群の能力を誇る那珂邦彦(なか・くにひこ)の、推理の手際が見事です。
 
文庫化の際に全面的に改稿されただけあって、文章も終始安定している。170ページほどある第一章を読み終えるまで、あっと言う間でした。

加えて、その次の第二章が、また秀逸なのです。個人的には、この第二章がとくに好きで、ある女性の劇的な変化──環境が変わることによって生じる人間の生々しい心の変遷が描かれています。
 
もちろんミステリ的にもたいへん面白い第二章でした。しかしそうした謎解きに関係なく、ここでの人の描かれ方が、本書の小説としての質の高さを確定させたのでしょう。そう言ってもよいと思います。

物語は、それからさらに200ページ以上も続くのですが、間断なく降り注ぐトリックの雨あられ。本当にこれでもかというほど盛り込まれていて、そこまでされるともう、月並みですが、すごいと感嘆するしかありません。

そんなふうに、「やりミス」を代表する傑作に仕上がっている本書は、昨今では珍しくなった分厚いミステリ小説ではあるものの(かつては「レンガ本」なる分厚いミステリが結構あった)、本書は一気読みにも向いている作品です。それぐらいリーダビリティに優れている。著者の技量はもちろん、書き直し作業を繰り返し行った努力のたまものでしょう。

そうした小島さんの改稿に関する話は、講談社のウェブサイト上の「もうひとつのあとがき」に書かれているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。かなりの努力家であることがわかります。作品に対する真摯な気持ちがつづられています。だからきっとそれを読んだ大勢の方が、小島さんの小説を手に取りたいと考えるのではないでしょうか。

そう考えた方は、ぜひ『武家屋敷の殺人』で「やりすぎミステリ」の面白さを体験してください。

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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