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2016.12.24

レビュー

「黒猫邸」は謎だらけ!──イケメン若旦那と謎の老女は夫婦なのか?

『黒猫邸の晩餐会』に登場する財団法人「楢本(ならもと)奨学会」の奨学金制度は、返済義務のない給付型です。受給資格も中学生から大学院生までと幅広い。当然、応募者が殺到するわけですが、奨学生に選ばれたからには「必ず守らなければならない決まり事」がありました。
「面接で何を話したか、誰にも言わないこと」
これが奨学金をもらうための「絶対条件」です。

国立大学の理学部へ進学した小窪律(こくぼ・りつ)が、楢本奨学会の面接で一番長々と話をさせられたのは「家庭の事情と、高校時代に悩んでいた友人関係のこと」でした。
 
数年後、大手製薬会社の研究所に就職した彼女は、ある日、奨学会の理事長である楢本文絵(ならもと・ふみえ)から手紙をもらい、彼女の自宅に招かれます。

楢本邸は優雅な和洋折衷の建物で、これが母屋。それとは別に離れもあるのですが、一転して「安っぽい屋根瓦」の木造平屋です。その離れで律を待っていたのは、文絵の夫、竜弥(たつや)でした。文絵は、72歳。しかし「旦那様」の竜弥は、どう見ても20代後半です。

──甘い顔立ちの男前だが、(略)息子にしても若い。総白髪だった文絵から考えれば、孫の年ごろだ──

その孫のような「旦那様」が抱えている黒猫も、名前をフミエといって、料理を美味しくする特殊な力を持っているのだとか。
 
やがて離れに現れた文絵に対しても、律は強い違和を感じます。

──皺のある丸っこい顔、優しそうな垂れ目、真っ白な髪。七年前に会った彼女で間違いはない。
だが服装は安物のワンピースで、髪にはレトロなパーマをあてており、持っているバッグはプラスチック製の買い物籠だ。あの和服の上品な老婦人ではない──

──服の趣味が変わった? それとも元々こちらが彼女の趣味? それにしても少し若作りでは? そもそもこのレトロ過ぎる離れは何なんだ?──

謎だらけです。しかしそこは理学部出身、リケジョの律ですから、オカルトに走ることなく理詰めで常識的に判断して、竜弥を文絵の孫だと決めつけます。
 
その竜弥の好物というのが「謎めいた話」だそうで、そこでやっと律は自分が楢本邸に呼ばれた理由を察しました。彼女が奨学金の面接で打ち明けた過去のエピソードを竜弥に聞かせて、謎解きをさせるためなのだろう、と。

謎解きが好物と言うだけあって、竜弥は、律がかつて遭遇した奇妙な事件の真相を、一度話を聞いただけであっさり見抜きます(「黒猫の魔法料理」)。『黒猫邸の晩餐会』には他にも3つ短編があって、合計4編からなる連作ミステリです。
 
作品の雰囲気としては「ほのぼの」系で、著者、嬉野君(うれしの・きみ)さんの、平明でこざっぱりとした文章が作中の暖かい雰囲気をたすけています。主人公・律のサバサバした性格ともマッチしていて、文章の好みさえ合うなら、読了まであっと言う間でしょう。

その律が直面する物語最大の謎は、やはり竜弥と文絵の関係です。真相はもちろん終盤にちゃんと明かされるのですが、そのとき僕が感じ取ったのは、じんわりと染み入ってくる微かな切なさでした。後味の悪さはまったくありません。

『黒猫邸の晩餐会』は、繊細な人の機微をしっかりと描いています。イジメや育児放棄など、かなりデリケートな題材も扱っているのに、ちっとも作品が暗くならないのも、律をはじめとするキャラクターたちの人物造形ゆえでしょう。

それだけに、読者としてこの1冊だけで律たちと「さよなら」するのは寂しいなと思っていたところ、本書の帯に「黒猫邸」シリーズ開幕──の1文が。読了後に気づいて、ちょっと小躍りしたい気分でした。どうやら、さよならしなくていいみたいです。
 
料理を美味しくするという黒猫フミエの謎。律や竜弥が今後どうなっていくのか。今後の展開を妄想して、期待に胸が高鳴ります。

レビュアー

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赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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