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2016.12.15

レビュー

【極上の知的ミステリ】メフィスト賞作家が描く、奇人変人の数学者探偵!

放浪の数学者探偵、降臨! 第47回メフィスト賞を受賞、『不死症(アンデッド)』が話題の周木律『堂』シリーズが続々文庫化中。シリーズの魅力をご案内します。

★ようこそ!「頭脳ゲーム」の世界へ…

あなたを睡眠不足にする「周木律」の“特濃”推理小説 評:赤星秀一

『眼球堂の殺人 ~The Book~』


最近、僕の中で速筆の作家といえば周木律(しゅうき・りつ)さんです。

周木さんは『眼球堂の殺人 ~The Book~』で第47回メフィスト賞を受賞して、2013年にデビューしました。世に出てわずか3年半強。その間に次々と新作を上梓し続けていることはミステリファンには既知でしょう。中でも有名なのが、『眼球堂の殺人』から始まる「堂」シリーズ。そして「堂」シリーズといえば「数学」、シリーズ中、とりわけ強烈な個性をひっさげた数学者といえば、やはり十和田只人(とわだ・ただひと)でしょう。初登場時、38歳。

──背はさして高くもなく、吹けば飛んでしまいそうなほど痩せている。(略)
ぼさぼさの髪。顎一面の無精髭。やけに大きな鼈甲縁の眼鏡の奥では、色素の薄い大きな瞳が、ぎょろりとあたりを見回している──

奇人、変人で、いちいち身振りが大袈裟。しかし十和田は、「二十歳の頃、当時知られていたある未解決問題を証明したほどの、優秀な数学者」です。「世界中を旅し、訪れた先で各地の数学者の家に無理矢理押し掛けては、共同研究をしている」ことから、放浪の数学者とも呼ばれています。

その放浪の数学者に興味を持ち、半ば押し掛け女房のごとく行動をともにする駆け出しのルポライターが、陸奥藍子(むつ・あいこ)。十和田と藍子のふたりが、天才建築家・驫木煬(とどろき・よう)の巨大な私邸、眼球堂を訪ねるところから本作は始まります。

眼球堂は見取り図で眺めると巨大な目玉を思わせる邸宅です。
「ああそうか、だから『眼球』堂なのか……」(藍子)。

数学者の十和田をはじめ、芸術、物理学、編集者や政治家など、各界の天才や実力者たちが、驫木から招待を受け、その眼球堂に会した理由は、たとえ冗談だとしても鼻持ちならないものでした。

──この眼球堂を世に知らしめるにあたり、まずもって諸君らが眼球堂を知る必要があるからだ。(略)諸君らは各界の才人だ。眼球堂の持つ真の価値を理解し得る。(略)建築の持つ至上性を、隷属する立場から最も理解できるのが諸君らだということになる──

アーキテクチュアリズムと呼ばれる難解な建築思想を持ち、天才の誉れ高い驫木は、この言葉からもわかるように極めて傲岸不遜な人物です。
「建築学こそがあらゆる科学の頂点に立つものであり、すべての世界は建築学にかしずく存在なのだ」とまで断じるあたり、いっそ清々しいほど。
その驫木が、人類の叡智の証明とまで称える眼球堂にて事件が発生し、ほどなく連続殺人へと発展します。

変人の名探偵、十和田。彼につきまとう藍子。驫木ら各界の才人たち。
驫木の子で、十和田に「千年に一人の天才」と言わしめる謎の数学者、善知鳥神(うとう・かみ)……。
個性的で怪しげな登場人物たちが脇を固め、奇想天外なトリックと緻密なロジックが解決編を彩ります。どんでん返しと意外な真相が待ち受けています。
要するに『眼球堂の殺人』は、どストレートな本格ミステリなのです。

ノベルス版に森博嗣(もり・ひろし)さんが帯文を寄稿しているのですが、「懐かしく思い出した。本格ミステリィの潔さを」(原文ママ)とあるように、舞台設定、プロット、人物造形など、近年珍しくなった感のある愚直なまでの王道本格ミステリです。

周木さんのデビュー当時、このノスタルジックな作風を歓迎した本格ファンは大勢いたでしょう。しかし、“直球”でデビューこそしたものの、周木律という作家の、そして「堂」シリーズの特徴的なカラーであり凄味は、その〝直球〟の先にこそあるのではないかと僕は考えています。以後の作品と比べれば『眼球堂の殺人』では控え目だった「数学の濃度」が濃くなり、「堂」シリーズは本格ミステリとしても従来の枠から逸脱する驚愕の方向へと舵を転じてゆくのです。まさかこんなふうに物語が進むなんて、僕には少しも想像できませんでした。周木さん自身、王道中の王道本格でデビューしたため、こうした物語の転ばせ方には、だいぶ勇気が必要だったのではないでしょうか。

もっとも、たとえ2作目以降の作風に賛否両論が生じたとしても、僕は、あえて常道から外れる作劇を選択した著者の剛胆さを素直に評価したいです。こうした逸脱こそが、物語に新たな地平を与えると思うからです。他の本格ミステリと「堂」シリーズを決定的に分かち、独特の個性をかもし出す強烈なファクターです。

その「堂」シリーズ。いまのところ、『眼球堂の殺人 ~The Book~』『双孔堂の殺人 ~Double Torus~』『五覚堂の殺人 ~Burning Ship~』『伽藍堂の殺人 ~Banach-Tarski Paradox~』『教会堂の殺人 ~Game Theory~』の計5作品が上梓されているのですが、毎回、解き明かされない伏線が残ります。それはシリーズ全体で「ひとつの大きな物語」を描こうとしているからであり、各作品で解決されるメインの謎(事件)は、全体を俯瞰したときには小さな局面でしかありません。当初は、これら予測不可能な伏線の数々に呆気に取られるばかりだった僕も、「数学」を題材に据えたこの規格外の物語がどこへゆき、どんな着地を見せてくれるのか、そうたやすく予測ができないからこそ、とても楽しみです。

「堂」シリーズのキャラの立て方には、漫画作品に共通する親しみやすさもあります。そのあたりが、これまで本格ミステリというジャンルや、そもそも小説を手に取ってこなかった人たちへの「入り口」としても機能しそうです。個人的には、漫画やアニメなど、メディアミックス向きの作品だとも思っているのですが、どうでしょうか。

そうした面も含めて今後への妄想が膨らむ「堂」シリーズは、5作目の『教会堂の殺人』でシリーズの折り返しだそうです。待望の続編『鏡面堂の殺人 ~Theory of Relativity~』が予告されてから、かれこれ1年以上。刊行が止まっているというのは、速筆の周木さんらしくない(?)気がしますが、また堰を切ったように続編が上梓される日が来るでしょう(と大いに期待しています)。

というのも、周木さんの筆の速さ、旺盛な刊行ペースは健在だからです。最近だと『眼球堂の殺人』と『双孔堂の殺人』の文庫化に加え、講談社タイガから『LOST 失覚探偵(上)』が出版されました。新年の1月下旬には『LOST 失覚探偵(中)』が、3月には『五覚堂の殺人』が文庫化される予定だそうです。

最新作の『LOST 失覚探偵』は、これがまた、周木さんの創造性が存分に発揮されたような個性的な推理小説でした。
舞台は第二次世界大戦後。復興へと向かう昭和の日本。「収斂」と呼ばれる推理を行うことで、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの感覚を、ひとつずつ失っていく「失覚の病」を患った六元十五(ろくもと・じゅうご)が、「獄中の焼死事件」「衆人環視の中で発生した餓死事件」「その背後に見え隠れする正体不明の人物の謎」と対峙する本格ミステリです。

このレビューを執筆している時点で、まだ上巻のみの発売なので、この先の展開は僕にもわかりません。オーソドックスな本格を貫くのか、それとも「堂」シリーズのように読者の想像を絶する方向へと物語を導くのか。とにかく目が離せない。そもそも僕の中では、周木律という大胆不敵な小説家から目が離せなくなりつつあります。一筋縄ではいかない小説を今後も期待してしまう作者。その予測不可能性こそが、僕がとりわけ惹かれた、周木さんの個性であり、魅力だからでしょう。

【周木律(しゅうき・りつ)】

某国立大学工学部建築学部卒業。『眼球堂の殺人 ~The Book~』で第47回メフィスト賞を受賞しデビュー。同シリーズは、『双孔堂の殺人 ~Double Torus~』『五覚堂の殺人 ~Burning Ship~』『伽藍堂の殺人 ~Banach-Tarski Paradox~』『教会堂の殺人 ~Game Theory~』まで、現在5作(講談社ノベルス/講談社文庫)が刊行されている。11月には最新シリーズ『LOST 失覚探偵』がスタートした。他の著書に『不死症』(実業之日本社文庫)、「猫又お双」シリーズ(角川文庫)、『災厄』『暴走』(KADOKAWA)、『アールダーの方舟』(新潮社)などがある。

レビュアー:赤星秀一(あかほし・しゅういち)。1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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