芥川賞受賞後第一作として羽田圭介さんが挑戦したのはなんとゾンビ小説! ゾンビが跋扈する世界を舞台に繰り広げられる、作家たちの壮絶なサバイバルを描いた大作長編について、著者にインタビューしました。(聞き手/文芸第一出版部・須田美音)
不遇だった頃の自分を反映させたシーンも
──ゾンビを題材にした小説を書いてみようと思ったきっかけは何ですか?
ゾンビ映画は元々好きだったんですけど、ゾンビ映画って後続作品がたくさんあって、約束事やお決まりのパターンが多いんです。この感覚が何かに似てるなって考えたときに、自分が書いている小説というジャンルに似てるのかな、って気付いたのがきっかけですね。
──ゾンビ映画で特に気に入っている作品や、今回参考にした作品がありましたら教えて下さい。
ゾンビ映画はたくさん観ていて、ジョージ・A・ロメロ監督の作品は全部好きです。ゾンビが初めて走ったと言われているダン・オバノン監督の「バタリアン」(1985年)は、ロメロが確立したゾンビ映画のメタ構造になっていて、ゾンビとは何か、ゾンビ映画とは何かという問いかけも内包しているんですが、この小説にも「バタリアン」のようなメタ構造があります。
──編集者の須賀、作家のK、桃咲カヲルなど、6人の主要人物の群像劇になっていますが、気に入っている人物や場面はありますか?
不遇な小説家のKという人物が、出版社の経費で散々遊ばせてもらったくせに「そんな金あるんだったらオレにくれ!」と思うシーンは、昔の自分を反映させています(笑)。北海道で晶という人物がゾンビ映画のようにサバイバルしていくシーンも好きですし、どの人物もそれぞれ見せ場があって愛着がありますね。
──登場人物の中で、羽田さんご自身に近い人物を敢えて挙げるとしたら誰ですか?
Kと桃咲という二人の小説家が出て来るんですが、同じ小説家として二人とも自分に近いところはありますね。僕が不遇だった頃の世間への怒りみたいなものは、Kと近いものがありますし、あまり筆が速くなくて書かずに読んでばかりいるところは、桃咲に近いです。
──羽田さんの作品の中で一番長い小説ですが、「群像」での連載を始める前から、作品全体の構想は決まっていたのでしょうか。
前半は割とリアルなテイストにして、後半は北海道をメインの舞台にフィクションの濃度を高めていくという構図だけ決めていました。最近の僕の小説の書き方は、まず書きたいことがあって、それを実現させるための登場人物と舞台をきっちり設定したら、ストーリーは考えないで書き始めるんです。登場人物と舞台がしっかりしていれば、収まるべきところに収まっていくので、設定だけ決めて発進したという感じですね。
小説家の存在価値は小説を書いているときしか無い
──今の文芸業界を風刺する側面もある作品ですが、羽田さんのこの業界に対する思いが込められているのでしょうか。
この作品には出版業界がメインで出てくるんですが、どの業界、どの分野でも、何かを極めていくことは、歪んだ方向に進んでいくことをはらんでいると思うんですね。何かを洗練させればさせるほど、それに興味のない周りの人にとって、ますます理解できないものになっていく可能性がある。たとえばモード系のファッションで突き進めば突き進むほど、周りから街中であんな格好はしたくないって思われちゃうとか、料理の味が繊細すぎて美味しいのかどうかよく分からないとか。
小説も玄人向けになればなるほど、興味のない人が理解できないものになっていく可能性があると思うんです。それが良い悪いではなく、何かを極めるということと、外に開けたコミュニケーションや発信をしていくことの両立について、みんなもっと考えるべきなんじゃないかと思って書きました。
──今作を直している途中で芥川賞を受賞なさいましたが、その変化が何か内容に影響していますか?
この作品は3年くらい前に、芥川賞に頼らないで自活しようと思って書き始めた作品だったんですね。芥川賞に頼らずそれなりに本を売って有名になるには、ある程度エンターテインメント性があった方が良いだろうなと思って、今回はその要素も多く付与させました。
ほとんど直し終えた後に芥川賞をとったので、ストーリーにそんなに大きな変化はなかったんですが、芥川賞を受賞したことで自信を持って自分の手から原稿を離れさせることができたという感じはあります。もし芥川賞をとっていなかったら、もっと直して、もっと出版が遅くなっていたかもしれないです。
──作中で文豪たちがゾンビとして甦りますが、もし甦ったら羽田さんが会ってみたい文豪はいますか?
文豪には会いたくないですね。憧れている人ほど会いたくないっていうのもありますし、会ってどうするんだろうって。小説家の存在価値は小説を書いているときしか無いと思うんで、実際に対面してもしょうもないなーと思っちゃいます。
──この本をどのような人にどのようなシチュエーションで読んでほしいですか?
この小説は様々なものを内包しているので、いろんな立場の人が楽しめると思うんですね。たとえば、自分が一生懸命取り組んでいることが理解されない状況に対して、憤りを感じている人とか。あとは単純に楽しいものだけを追い求めたい、小難しいものは嫌っていう人も楽しめるようになっていますし、いろいろな立場の人に読んでほしいですね。
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1985年、東京都生まれ。明治大学卒業。2003年、「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞してデビュー。2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川龍之介賞を受賞。著書に『不思議の国のペニス』『走ル』『ミート・ザ・ビート』『御不浄バトル』『「ワタクシハ」』『隠し事』『盗まれた顔』『メタモルフォシス』などがある。