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2016.10.14

特集

妻と真逆の「理想の妻」を書いたが、本人は大喜び?──そんな『ボク妻』映画公開!

著者・樋口卓治による「ボクの妻と結婚してください。」スペシャル書き下ろし番外編です。

「ボクの妻と結婚してください。」の妻

「ボクの妻と結婚してください。」の著者、樋口卓治は放送作家だ。

ある晩、酒席で先輩放送作家に、小説を上梓すると啖呵を切ってしまった。

酒の勢いというのは恐ろしいもので、年内に書き上げると豪語したのは、春のことだった。

机に向かうが書けない。書くことがないのだ。来る日も来る日もパソコンとにらめっこ。出るのはアイデアではなく嘆息ばかりだった。


そのうち、テレビの仕事の方が忙しくなり、テレビ局で会議がこれでもかと続き、週のほとんどが朝帰りだった。

朝方に帰宅しベッドに倒れ込むと1時間もしないうちに目覚まし時計が鳴る。妻が朝の支度のため起きのだ。

「携帯のバイブとかにできないのか」と文句を言うと、妻は「ていうかさ、そっちこそ静かに帰ってきてよ」と叱られた。

家族の為に身を粉にして働いているのに、という言葉が出かかったが、タオルケットで口をふさぎ目を閉じた


それにしても忙しい。ある時、こんなことがあった。車で信号待ちをしているとき、気がついたら、自宅マンションの駐車場ゲートを開けるリモコンを信号に向けて押していた。

一体、何をしているんだ。

そのことを妻に話すと、「好きなことをして忙しいんだから、幸せじゃない」と一笑された。

確かに好きな仕事をしている。

でも、少しは夫の身体を気遣う一言が出てこないものなのかと思う。

妻を睨み、過労死したらどうするつもりなのかと心の中で呟いていたら、「何、言いたいことでもあるの?」と居丈高に言われた。


妻は今、焦慮している。小5になる息子に中学受験をさせる為、二人三脚で日々、奮闘していた。そんな妻の目から見ると、夫は家庭を顧みず好き勝手やっている様にるのだ。婦なのに、お互い見えている景色が全く違う。これが俗に言う、夫婦のすれ違いというものなのか。

本音を言うと、もっと家族と過したいし、「公団からさ、もう少し広いところに引越そうか」など、晩酌しながら話してみたい。しかし食卓は、中学受験の問題集の山が占領ている。


樋口は思った、理想の妻を小説に書こう。

放送作家で多忙な毎日を送る夫・修治を支える妻・彩子

その妻に、夫はテレビでいい企画を考えるように恩返しをする、そんな夫婦の愛の物語を書こう。


夫たちは、自分の仕事で培った技術や理論を家族に向けるとしたらどんなことをするのだろうか。

例えば、シェフは家族の為に最高のディナーを作ったり、音楽家は家族へ渾身の1曲を作ったり。放送作家は家族にどんな企画を残すのか? 今まで見たこともない企画を考えなければ。机に向かいながら、樋口は思案した。きっと彩子はありきたりの企画では驚かないだろう。


小説よりドラマチックにする為に、修治は余命が宣告され、死期が迫っていることにした。


樋口は帰宅するとそのまま仕事場に籠もり執筆を続けた。

小説の中でも主人公は放送作家として忙しく働いているが、妻はそれを笑顔で支えている。

理想の妻・彩子のおかげで、実際の妻が自分に冷い態度をとっても腹が立たなくなった。

いつしか樋口は、小説を書いていて、どうにか彩子を悲しませない方法はないものかと考えるようになった。彩子が不憫でならない。彼女の悲しみを軽減する企画はないものか。

放送作家が妻の為に企画を考えるという設定で書き始めた小説だが、今はされる妻が悲しまないようにとばかり考えていた。

妻の悲しみを他のものに変換できないか。それでいて放送作家の夫が、余命を生ききれる企画がいる。


執筆の手が止まってしまったので、煙草でも吸おうと台所の換気扇の前に立つ。

ふと見ると食卓で妻が息子と勉強していた。眉間に皺を寄せ、食い込むように問題集を見ているのは妻の方で、息子は鼻の下に鉛筆を挟み天井を眺めている。

好きな仕事をして家庭を顧みない夫──自分がの目そう映るのが少しわかる気がした。

樋口は仕事部屋に戻るとパソコンに向かい、小説のタイトルを『ボクの妻と結婚してください。』とした。

余命宣告を受けた夫が、治療もせずに妻の再婚相手を探すにしよう。

彩子修治に、きっと烈火の如く怒るだろう。悲しむ暇もないくらい、修治を止めるだろう。


酔った勢いで先輩放送作家に約束した小説は約束通り冬には完成した。

運良くある出版社の編集者の目に止まり出版にもこぎつけられた。


今、樋口の横で、妻が小説を読んでいる。

時折、クスリと笑ったり、頷いたり……。妻の目がうるんで見えたのは気のせいだろうか。

理想の妻・彩子の振る舞いを読んで、妻はこれまでの自分猛省するのではないか。

妻が何か言ってきたら、「こっちも家庭を顧みていなかった、すまん」と言う。

そんなことを思っている内に数時間が過ぎ、妻は読み終えた小説を持って仕事部屋にやってきた。

「読んだよ。よかった感動したよ。出てくる奥さん、全部私のことじゃん」

が点になった。

当て付けかと思うくらい理想書いたのに、それ自分のことだと本気で思ってい


『ボクの妻と結婚してください。』が出版された後、「次は何を書きますか」と編集者に言われた。

 書いてもいいんですか? と思わず聞き返そうになったが、「今、構想中です」と小説家気取りでメールを送った。ラストオーダー後に客がやってきたレストランのように、慌てて用意を始める。今度は何を書けばいいのか、全く思いつかない。


本当は、航空会社のマイレージが溜まっているので旅行しようと思っていたのに。

中学受験を控えた息子と妻にそんな話をしたら、どやされるから丁度良かったか。


遅々として進まぬ執筆、『続・ボクの妻と結婚してください。』とだけパソコン画面に打ってある。

またあの家族に会いたくなった。とはいえ、主人公は亡くなっている。その続きの話を書くなんて難しい。


航空会社のマイレージを使って行きたいのは、旅行ではなく、あの家族の元だ。

樋口は頭の後で手を組みながら嘆息した。数日でいいから会える方法はないものか

あ、それを小説にしよう。樋口は思わず背もたれから離れ、キーボードを叩いた。


もしも、放送作家が小学生になって息子のクラスに現れたら

そんな企画があったら面白い。樋口は小説を書き始めた。

食卓では息子と妻が勉強をしている。そんな日常の中

『続・ボクの妻と結婚してください。』書影
著:樋口卓治

目がさめると、三村修治はこの世とあの世の狭間にいた。修治は生前に積んだ善行「天国マイレージ」のおかげで、天国に行けるという。人は笑うたびに0.1マイルが貯まる。修治は生前、35万回も笑っていた。しかし、そのことを知った修治は悩んだ。妻の彩子は明るく、よく笑う女性だった。だが息子の陽一郎はどうか? 腹を抱えて笑っている姿をみた記憶がない。かくして修治は、天国行きを中止した。すべてのマイルを使ってこの世に1週間だけ戻り、陽一郎を笑わせるために。 【『天国マイレージ』改題】

『ボクの妻と結婚してください。』書影
著:樋口卓治

余命6ヵ月を宣告された放送作家の三村修治。
みんなを笑顔にしたくて、20年間、夢中でバラエティ番組を作ってきた。
今、死を前に思うのは最愛の家族のこと。遺される妻と息子にも、ずっと笑顔でいてほしい。
修治は人生最後の企画を考え抜き、決めた。妻に、最高の結婚相手を遺そう。
笑い泣きが止まらない家族小説。舞台化に続き、連続ドラマ化決定!

「修治と彩子の愛の物語。修治と彩子と陽一郎の家族の物語。そのどの部分にも「愛」と「楽しさ」が満ちあふれている。修治の強さに敬意を払い、力一杯、「ボクの妻」の結婚相手を探そうと思う。もうすぐ、ドラマの撮影が始まる。」
連続ドラマ「ボクの妻と結婚してください。」修治役:内村光良(解説より)

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