今年9月、国立社会保障・人口問題研究所が第15回出生動向調査の結果を発表した。これは5年に1度行われている調査で「結婚ならびに夫婦の出生力に関する実状と背景を定時的に調査・計量」するもの。今回の調査の結果、18歳〜34歳までの未婚男女の9割弱が結婚する意思はあるものの、男性の69.8%、女性の59.1%は交際相手がいないという現実があきらかになった。そんな中、新垣結衣主演でドラマ化され話題となっているのが、夫を雇用主とした契約結婚を描いたマンガ『逃げるは恥だが役に立つ』だ。
愛がなければ結婚してはいけないのか
主人公のみくりは25歳。院卒という高学歴ながら内定がとれず、派遣社員になるも派遣切りにあって現在休職中の身だ。そんな時、父親の紹介で36歳の独身男・津崎の家事代行を請け負うことになる。津崎の信頼を得、仕事にやりがいを感じたのもつかの間、同居する両親の引越しで仕事を辞めざるを得なくなる。ハウスキーパーが欲しい津崎、収入と住むところが欲しいみくり。現状を維持したい2人が導き出したのは“契約結婚”というビジネスとしての結婚だった。
仕事としての結婚をするにあたり、夫と妻それぞれの役割を明確にし、業務内容、給料、休暇など待遇を決めていく様子はまさに雇用契約だ。
作者の海野つなみさん曰く、「触られるのが嫌な相手でなければ一緒に暮らせるのではないか」と思ったことがこのマンガの始まりだという。
「マンガやドラマでハードルを上げ過ぎて『本当に相手を好きなのか、愛しているのか?』とか考えてしまうと結婚はすごく難しいことのように感じました。愛していると相手の気持ちを考えて自分の言いたいことを言えなかったりしますが、お見合い結婚でうまくいった夫婦もたくさんいます。『そこそこ好き』くらいの方が相手への期待もそんなにないからうまくいくのではと思ったんです」(海野氏)
戦前には約7割を占めていたお見合い結婚は、1960年代に恋愛結婚に逆転され、その後現象の一途をたどっている。現在、見合い結婚の割合は全体の5.5%だ。
「契約結婚自体はマンガやドラマでは昔からあるモチーフですが、ほとんどがお金持ちと愛のない結婚から愛が生まれる玉の輿物です。それとはちょっと違う切り口でビジネス物のようなテイストを入れてみたところ、女性からは『こういう仕事だけの結婚をしたいけれど相手がいない』、男性からは『こんなの男に都合がよすぎないか、そんな女性が現実にいるのか』といった感想をたくさんいただきました。予想外に希望がマッチングしていたんです」(同氏)
主人公みくりの考え方も話題だ。仮面夫婦を続けるうち、次第に恋愛感情がわいてきた2人。事実婚ではなく入籍したいと言い出した津崎は将来のために小遣い制を提案する。しかし、みくりはその条件にどうしても納得できず、入籍を先延ばしにしてしまう。
同じだけ家事をやっても結婚前と同じだけ給料をもらえなくなる。それを「当然」と思うか「理不尽」と思うか。数値化しにくい、専業主婦の労働へ問題を提起する。
「みくりは保守的な人には『がめつい』『小賢しい』と思われそうなキャラクターですが、『小賢しくってすみません、えへ』と言える素直さと愛嬌を持っています。今は彼女のような考えを持つことを許容してくれる時代だと思うんです」(同氏)
処女のまま生理が上がる──高齢処女のリアル
前述の調査で今回も注目されたのが性体験のない未婚者の割合だ。30代前半の男性を除いて、18歳〜34歳の男女共に約4〜6ポイント上昇し、男性42.0%、女性は44.2%だった。
作中でも登場時、津崎は36歳の高齢童貞。みくりの伯母・百合は52歳の高齢処女で、未体験のまま閉経をむかえている。
「高齢童貞の津崎は長い独身生活でプロの独身と自ら言うくらい独身をこじらせています。『面倒くさいやつだなあ、でも、こう思ってしまうのよね、しょうがない、しょうがない』と思いながら描いています。百合に関しては、彼女のように美人で仕事ができる人は意外と独身の方が多いように感じています。みくりと百合の関係は、独身もしくは子供のいない叔母に可愛がられていたという知人たちの話が元になっています。友達とも親とも違う、ちょうどいい距離感や甘え、責任感。自由でおしゃれで頼もしい、年の離れた素敵なお姉さんみたいな感じですね。そんな彼女たちが抱く悩みや悲しみ、諦め、悟りはみくりたちの世代とはまったく異なります。マンガの中ではそれをきちんと描きたいんです」(同氏)
「みくりや百合は誰かに認められたいと言いますが、決して結婚や仕事を承認欲求を満たすためのツールにはしていません。個人的にはそういうものは何か一つに絞らず分散して持っていたほうが、生活はしやすいと思っています。ひと昔前は、いい年して恋人がいないのはおかしいとか、家事は女性がするもので旦那さんは『お手伝い』してくれるとか、女性がずっと独身なのは行き遅れで恥、男性が女性より稼ぎが少ないのは恥、みたいな空気があったと思います。この連載中、いろんな年齢、タイプの独身男性にお話を伺ったのですが本当に人それぞれでした。今は周りに幸せだと判断されるより、自分が幸せだと思えるほうがいいという考え方が認められるようになってきていると感じています。10年前だったら、もうちょっと保守的な考えが強かったかもしれません」(同氏)
ライフプランが多様化する中、津崎の同僚・風見のように恋人はいるが結婚を望まない人間もいる。
最新コミックス8巻で、急接近した風見と高齢処女・百合の関係にはどんな名前がつくのか? 友達、同志、それとも──? 夢物語ばかりでないリアルな恋愛と結婚を描いた『逃げるは恥だが役に立つ』から目が離せない。