2015年の講談社漫画賞〈少女部門〉を受賞した『逃げるは恥だが役に立つ』。「契約結婚」をテーマにしたこの人気作がテレビドラマ化されて、10月に放送が始まる。新垣結衣さん演じる主人公の森山みくりは、派遣切りに遭ったあと、父親の元部下のサラリーマンを紹介され、彼の家で家事代行として働き始める。そして2人は雇用関係に基づいた「結婚」をすることになり……。漫画の著者・海野つなみさんと、担当のKiss編集チーム・鎌倉ひなみが、創作の裏話を披露する。
取材を重ねて多様なキャラクターを描く
鎌倉 みくりと契約結婚する津崎平匡(ひらまさ)は、ドラマでは星野源さんが演じています。津崎は36歳の独身サラリーマン、しかも高齢童貞です。ほかにもこの物語には、みくりの伯母で52歳の独身美女・百合や、津崎の会社の先輩で同性愛者の沼田などが登場します。ドラマでは、百合は石田ゆり子さん、沼田は古田新太さんというキャスティング。ひと癖もふた癖もあるキャラクターをどのように演じていただけるか、すごく楽しみです。
海野 野木亜紀子さんによる脚本も、本当に面白いですね。
鎌倉 野木さんは最近では、評判になったドラマ『重版出来!』の脚本を手がけています。期待がさらに膨らみます。
海野 ドラマ版の『逃げ恥』は、原作と違うところもたくさんありますが、野木さんと顔合わせでご挨拶したとき、「私はこの作品で多様性を描きたい」とおっしゃっていた。ああ、ちゃんとわかってくださっている、お任せして大丈夫だと思いました。
キャストに関しても、NHKの朝ドラが好きな私の母親なんかは、「お父さん、赤羽根社長が出るんやって!」と大喜びでしたよ(笑)。
鎌倉 古田新太さんは『とと姉ちゃん』で赤羽根社長を演じてましたからね。
海野 石田ゆり子さんについては、「『釣りバカ日誌』の人やろ?」って、石田えりさんと間違えてましたけど(笑)。
鎌倉 沼田さんも百合ちゃんも、この物語のキーとも言えるキャラクターです。
海野 この2 人は、連載が進むにつれて大化けしました。
鎌倉 もともとは、主人公のみくりと津崎がいて、そこに津崎の同僚でイケメンの独身・風見が加わり、風見もみくりに家事代行をしてもらうことになるという、みくり、津崎、風見がメインの話でした。
海野 でも、彼ら3人がドライな考え方な分、感情的なところがある百合ちゃんや、何をやっても許されるキャラクターの沼田さんは、物語が行き詰まったときに場を盛り上げてくれます。それでいつの間にかどんどん出てくるようになって……。
鎌倉 「沼田さんには幸せになってほしい」という読者からの応援メッセージも多いですね。
海野 これまで少女マンガの世界では、ボーイズラブものは別として、同性愛者は「主人公の悩みを聞いてくれるおネエキャラ」という設定が多かったんです。でもそうではなく、見た目は男の人で、男の人が好きで、しかもまわりにとけ込んで普通に生きている男性をちゃんと表現できたらいいなと思って、沼田さんを描いてきました。実際に同性愛者の方にも、いろいろお話をうかがって。
鎌倉 百合ちゃんや風見さんのように、美男美女で性格も良く、仕事もできるのに、いつまでも結婚しない人って、以前からまわりにいましたよね。でも、これまでは、あまり正面から描かれてこなかった。
海野 高齢童貞も、かつてはそう言うのが恥ずかしい風潮があったけど、今は男性がさらっと「自分は経験がないんで」と言えちゃう時代です。恥ずかしいことではなくなってきて、題材として受け入れられやすくなっているのかもしれませんね。
「えええー!」と驚く展開が
海野つなみ
鎌倉 そういう独身男性の恋愛事情を取材するため、私は社内の男性にたくさん声をかけました(笑)。
海野 鎌倉さんが「うちの社員だし、仕事なのだから何でも聞いてください!」と言ってくれて(笑)。一般の方だとなかなか教えてもらえないようなエピソードも聞くことができました。ここでは詳しく話せませんが、三角関係とか、結構赤裸々な……(笑)。
結局マンガって、突飛な設定を、すごくリアルなディテールでぎゅうぎゅうやっていくものだと思うんです。日常にいそうな人たちが、日常にありそうなことをやって終わるマンガなんて、わざわざ読まなくてもいいですよね。でも、すごく突飛な世界を、ひとつひとつリアルな手触りのもので埋めていくと、「わかる、この感じ」となるんです。
鎌倉 「契約結婚」という題材も話題ですね。
海野 それ自体は、少女マンガの王道と言えるものです。お金持ちの男性とヒロインが契約結婚して、「お前とは恋して結婚したわけじゃない!」って言われたりするところからだんだんと……というようなのがよくあるパターン(笑)。ただ、今回はそれを「仕事」という視点で描こうと思いました。鎌倉さんに、最初にプロットを話したときは、「韓流ドラマみたい〜」と言われましたけど。
鎌倉 私、韓流ドラマ好きですから褒め言葉です。
海野 以前、『重版出来!』の著者・松田奈緒子さんが、こうおっしゃっていたことがあるんです。「物語にはある程度の定型があって、それをみんなが手を変え、品を変えて描いている気がする」と。確かにそうだなと思って、私も「契約結婚」を題材に、あるひな形をベースにした話を展開しようと考えたんです。これ以上はネタばれになるので言えませんが……。
鎌倉 普段マンガを読まない女性にもドラマを観てもらって、読者が広がるといいですね。連載も佳境を迎えていますが、この先も読者が「えええー!」と驚く展開が待っているので楽しみです。
海野 とにかく楽しんで観てもらえれば。そうしているうちに、契約結婚にしろ何にしろ、「私ならこうするな」と、自分なりの考えや道筋を見つけてもらえるといいですね。この作品をきっかけに、自分にとっての生きやすい方法を見出してくれたりすれば嬉しいです。
編集者・鎌倉ひなみ
「番外編」の予定も
鎌倉 海野さんに「mimi」で描いていただけないかとお声がけしてから20年以上担当させていただいていますが、今、時代がようやく追いついてきた気がしますね(笑)。私たちはずっと、ヒット街道を高速で突っ走ってきたつもりなのに、まわりからは農道を走っていると思われたことありましたよね……。サブカルの深夜枠にされていたのが、ついに王道のゴールデン枠になってきました(笑)。
海野 「早過ぎたね」と言われたことも何度かありましたが、私も歳をとってスピードが遅くなってきたのかもしれません(笑)。でも、『逃げ恥』のように、ラストまでのプロットを作らずに連載を始めたのは、今回が初めてです。設定だけ決めて、あとはロールプレイングみたいに描いてきました。いつもはある程度終わりを見据えて、プロットをきちんと描いてから始めるのですが。
鎌倉 ほかの作家さんではあり得ないですけどね。そのかわり、海野さんはすぐ物語をたたもうとする。編集長は15巻でも16巻でもやって欲しいと思っているはずですが(笑)。
海野 これまでに連載の打ち切りとか、連載中の雑誌の休刊とか、いろいろ経験したので、先に「これ5巻くらいで終わるんで、最後まで描かせてください!」って言うようになってしまったんです。広げて、たためなくなって中途半端に終わるくらいだったら、惜しまれているうちにたたもう、みたいな(笑)。
鎌倉 この間、編集部の引っ越しがあったんですが、ずっと前に海野さんからいただいたプロットが20作品分くらい出てきました。まだ2作品ほど描いていないものが残っていますが、そのほとんどを消化して、じゃあ次は何を描こうかというので『逃げ恥』になったんですよね。
海野 『逃げ恥』では、「契約結婚をしてだんだん好きになっていったら、この人たちは最後どうなるんだろう?」と、自分でもその都度想像しながら描き進めてきました。今はラストも見えていますが、ただ「お互い好きになったから、ハッピーエンド!」みたいな感じでは終わらせたくないと思っています。
鎌倉 ちょうどテレビドラマが最終回を迎えてから数日後に、「Kiss」も連載の最終回を迎える予定です。
海野 同じことを描いたとしても、やっぱりドラマとマンガでは別のものになると思うので、楽しみですね。最終回のあとに、「Kiss」では番外編も一編描く予定です。
鎌倉 それが2回、3回となっていくのが、今の私の夢です。編集長はもうすぐ最終回を迎えることを、まだ信じたくないと思いますけど……(笑)。
イラスト/海野つなみ
最新刊! 『逃げるは恥だが役に立つ』第8巻は、10月13日(木)発売です。お見逃しなく!!
1970年兵庫県生まれ。1989年、『お月様にお願い』で第8回なかよし新人まんが賞に入選してデビュー。「なかよし」「Amie」を中心に作品を発表したあと、「mimi」「Kiss」へと舞台を移す。主な作品に『Kissの事情』『回転銀河』『小煌女』など。『逃げるは恥だが役に立つ』は「Kiss」にて2012年から連載中。