裸婦の姿や肖像画、セーヌ河畔の景色……。印象派を代表する画家・ルノワールといえば? と尋ねられれば、きっと多くの人がそのような作品を思い浮かべると思います。ではそれらの絵画の中に、愛らしい動物の姿が多く登場していると言われたら、どんな動物だったかすぐに思い描けるでしょうか。
現代日本ではペットブームが定着し、動物を人間と同じ家族とみなして愛し、ともに生活することが当たり前になっています。本書の著者・安井裕雄さんは「ルノワールが学んだ巨匠たちはこのような意識を動物に対して持っていませんでした。ルノワールの感覚はむしろ現代人に近く、動物をかわいいと感じる『つぼ』を私たちと共有していたのです」とまず本書の冒頭で紹介。
その前書きに誘われてページをめくっていくと、愛らしい猫や犬の姿が切り取られた作品が次々に登場します。眠ってしまった少女の膝の上で気持ちよさそうに眠る猫、小さな少女に座られてしまって複雑な表情を浮かべる犬……。どれもこれも、カメラで切り取ったような臨場感と生命力に溢れていて、ルノワールが動物への愛情を胸に携えて筆を走らせていたことがよくわかります。そして何気なく眺めていた彼の作品の中に、これほどの頻度で犬や猫などの動物たちが登場していたのかと、驚かされもします。
中でもとても印象に残るのは、ルノワール自身が飼っていた愛犬ボブと晩年の妻アリーヌを描いた「ルノワール夫人とボブ」。この絵が描かれた数年後に亡くなるアリーヌはボブを優しく抱きかかえ、ボブもそんな彼女に体重を預けて安心しきった表情を見せており、彼にとってこの2人がかけがえのない家族であったことが伝わってきて胸が熱くなります。ルノワールは、この絵を最期まで目の届くところに置いていたそうです。
ルノワールにとどまらず、いろいろな画家の作品が閑話休題的に紹介されているのも本書のポイント。マネ、シスレー、ミレー、ルソー、ドガなどがどのように動物たちを描いていたのかを知ることができます。
ルノワールとモネが水辺で画架を並べて制作した作品では、ルノワールの「ラ・グルヌイエール」には犬が描かれているけれども、モネの作品にはその姿がなく、「モネは植物には深い愛情を持っていたが、動物にはあまり興味がなかったのかもしれない」という分析も。絵画には描き手の対象物への思いがにじみ出ることを改めて感じますし、そうした目線で見つめれば、作品を鑑賞する上でまた違った楽しみが生まれそうです。
【ルノワールの「ラ・グルヌイエール」】
【モネの「ラ・グルヌイエール」】
なお安井さんは東京・丸の内にある三菱一号館美術館の学芸グループ副グループ長を務めています。その三菱一号館美術館では10月19日(水)より、安井さんが企画した展覧会「拝啓 ルノワール先生-梅原龍三郎に息づく師の教え」が開催。日本の洋画界を牽引した梅原龍三郎と、彼が師と仰いだルノワールのほか、ピカソ、ルオーの作品など約80点が公開されます。芸術の秋、赤レンガ造りの建築も美しい三菱一号館美術館で、東西の名作を堪能してみては?
レビュアー
ライター・編集者。特技は過去にあった出来事の日付をいちいち覚えていること。好きな焼き鳥は砂肝。