日本美術。と聞いただけで、「なんだか難しそう」というイメージを抱く人は少なくないでしょう。雪舟の水墨画に狩野派に浮世絵……、「し、知ってる知ってる、教科書で見たことある!」と思うくらいかもしれません。
「日本おとぼけ絵画史」が見せてくれるのは、そのメインストリームからは明らかに外れた、ちょっとおかしな作品群です。時代は戦国時代から昭和まで広きにわたり、91点の作品をピックアップ。完璧ではない、不格好なものや不完全なものになぜか心惹かれたりすることを、著者は「へそまがりな感性」と表現し、それが魅力的な日本美術を生み出すのに欠かせない原動力になってきた、と指摘します。では早速ページをめくりながら、気になった作品をチェックしていきましょう。
まず初めのパートは「禅画」。風外本高(ふうがいほんこう)による「虎図」(【1】右作品)、彼は超有名とはいかずとも実力ある禅画の描き手ですが、この虎の表情はなんともコミカル。白目がちの目玉は飛び出し、舌は上に反り上がっています。このままマンガのコマに組み込んだってまったく違和感がなさそうな1枚です。
【1】
続いて「俳画」のパートの三浦樗良(みうらちょら)「双鹿図(そうろくず)」(【2】)には、2頭の鹿が描かれています。つぶらな瞳でぼーっとしているように見える鹿はとても単純な線で描かれており、キャラクター商品としてキーホルダーにでもできそうな愛らしさが……。そして曾我蕭白(そがしょうはく)「雲龍図」(【3】)には、どこか困ったような、なんとも面白い表情をした大きな目の龍の姿が描き出されていました。はっきりと「現代人にはまるでマンガである」という説明が添えられており、全力で頷いてしまいます。
【2】
【3】
本書の特色のひとつと言えるのが、著名な人物による「おとぼけ」も網羅されているところ。歌川国芳「荷宝蔵壁のむだ書」【4】は、版画作品ですが、その題の通り壁に描かれた落書きのように見せています。カオスと言っても差し支えない構図から醸し出されるのは、ライブハウスや高架下の壁一面に残された落書きを思い出させる秩序のなさ。このような作品群を目にすることで、有名な作家といってもお茶目なところがあったのだな、と、妙に親しみも湧いてくるというものです。
【4】
1冊を通して読んで、日本人にもともと備わっていた、これらの自由な「へそまがりな感性」が、マンガやアニメなどのポップカルチャーの隆盛を促し、クールジャパン、と言われる所以となったのかな、とも思わされます。ふと、昨今とても盛り上がりを見せている、pixivなどのイラスト投稿サイトを思い出しました。誰もが好きに表現できる投稿の場では、自由な感性が爆発していますが、そこに通ずるものを感じます。
ちなみに東京の府中市美術館では、「ファンタスティック 江戸絵画の夢と空想」と題した展覧会を開催中。江戸時代の人々が見た空や月、はたまた神仏や仙人などさまざまなモチーフを描いた絵画が、前後期かけ替えて紹介されています。あなたのへそ曲がりな感性を刺激する作品はないか、足を運んで確かめてみては?
レビュアー
ライター・編集者。特技は過去にあった出来事の日付をいちいち覚えていること。好きな焼き鳥は砂肝。