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2016.09.11

レビュー

【抱腹超訳】古道具群が化けて人間を襲う古典、町田康がパンクロックに!

どんな物でも長く使われ続けたものには“精神”が芽生えるらしい。それも半端な年月ではダメ。100年近くが必要なのです。そして化け物(神?)となった物たちを「付喪神」と呼ぶのです。「付喪神」の“つくも”は「九十九」のことだから「九十九神」とも書かれるそうです。

さてこの付喪神となった道具たち、人間には気味悪がれていたようで……、
──生まれてから百年経つと、物にも意識が生まれてくる。ところが人間はこれを嫌がるんだよね。人間からすると俺たち物に意識があって考えたり喋ったりするのは死ぬほど気味が悪いものらしい。だから、九十九年目にこうして棄てられるんだよ。それを称して煤払い、とこう人間は呼んでるんだよ。──

人間のエゴ(人間中心主義?)で物に精神が芽生える1年前(つまり99年)に棄てるという。さんざん世話になっていながら、気味が悪いの一言で棄てられる物たち。それに腹を立て「九十九の物たち」が「節分の夜、怪しい鬼」へと姿を変え反乱を起こしたのだった。

怒りの燃えた物たちの反乱に驚倒する人間たち、どうにも打つ手が見つからず物たちの反乱は治まりそうもない……。

御伽草子とは鎌倉時代末から江戸時代にかけて成立した、それまでにない新規な主題を取り上げた短編の絵入り物語のことです。400編ほどがあるそうですが、私たちになじみの深いものとしては 「一寸法師」「浦島太郎」「物ぐさ太郎」などがあります。あまり仏教説話臭がかんじられないものも多いようです。異国物語や異類婚姻譚のような異類物語が含まれているのが特徴です。「付喪神物語」も異類物語に仏教説話風の味付けをしたものといえるかもしれません。

この物語は裏切りや変節等もはらみながらダイナミックに展開していきます。この物語に含まれるダイナミクスは、もちろんこの本の大きな魅力ではありますが、それ以上に町田さんの翻訳が素晴らしい! 翻訳というより、創作、元物語にインスパイアされた創作と呼んだほうがいいと思います。

たとえば一大決戦のシーンは……、
──人間派のバリアが急に弱く薄くなったのを見て取った器物派の地上部隊が突撃した。ビームという、いわば空爆ではなく、地上での殲滅戦を開始したのである。
そうなれば人間派は実はひとたまりもない。多くの人間派が屠られ、壊れていった。──

そして人間派が窮地に陥った戦場に大音声が響き渡る!
──罵ホーン。罵ホーン。罵ホーン。という音が響いて、バリアドームの内外が光明に満ちて、なにもみえなくなった。──

あらわれ出でたのは人間派の救世主、護法童子。その出で立ちは、
──護法童子は童子と言うだけあって可愛い顔をしていた。髪を真ん中分けにして、耳のところで輪っかにくくって垂らしていた。ミニワンピを着て、裸足で金のアンクレットをつけていた。──

なにか弱そうですが、そんなことはありません。
──手には剣と棒を持ち、首に環を掛け、その環から抜き身の宝剣を何十もぶら下げていた。そんなことをしたら動く度に自分の身体を傷つけてしまうのではないかと思われたが、、その一見、すべらかな皮膚には鋼鉄のように強いらしく、まったく傷がつかなかった。──

護法童子に思いいたるまでの人間たちのていたらくも抱腹絶倒! お経で退治しようとしても効果サッパリなし。見かねたリーダー(?)が追求しても、
──違うんですよ、なんか、向こうが変なリズム出してきて、なんか、すっごい気持ち悪くて、ぜんぜん、お経に気持ちはいらないんですよ。──

物たち同士のやりとりを含めて、町田節全開のこの本は古典の現代語訳としても新たな到達点をしめしているように思います。

古典の現代語訳は与謝野晶子、谷崎潤一郎などの『源氏物語』訳のように、原典が書かれた時代の雰囲気を尊重し、それを現代に移し替えるものが主流だったと思います。軸足は古典にあったのです。そのような古典の現代語訳に大きな変革をもたらした一人が橋本治でした。

橋本は軸足を大胆に現代に移し替えました。比喩的にいえば、現代から遡行する形で古典を描き上げたのです。町田さんのこの本は、橋本の方法を突き詰め、突き抜けたものといえるのではないでしょうか。

原典におそらくあったであろう、仏教への帰依の重要さもこの翻訳では、仏教の教えは人間にはとても御しきれないというようになっています。“ありがたい”“御利益がある”などといえる人間派は一人もいません。仏教説話風なものは解体され、諧謔と批評、つまり“パンク”であり“ロック”になっています。

読みすすめるにつれて身体が揺れてくる、縦のりライブ感がするそんな読書体験ができる珠玉の1冊です。石黒さんの挿絵も恐怖感とともにこのライブ感を盛り上げています!

[現代版]絵本 御伽草子 付喪神

文 : 町田 康
絵 : 石黒 亜矢子

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レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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