──記者はおのれを権力と対置させなければならない。これは鉄則である。権力の側に身をすり寄せていけば、そうでなくても弱い立場の人びとは、なおのこと隅っこに追いやられるのである。──
このような言論を、覚悟を持って発することができるジャーナリスト・評論家が今どれくらい私たちの周りにはいるのでしょうか……。『誘拐』『私戦』『不当逮捕』『庇』等の作品で日本のノンフィクションを作り上げたひとり、本田靖春さんの遺著となったこの本の中に記されている一節です。
本田さんは、昭和8年旧朝鮮・京城で生まれ、日本の敗戦によって本土へ引き揚げ、差別、貧困を目の当たりにした幼少年時代を過ごします。けれどそのような戦後の混乱の中で全身で感じたのが戦後民主主義の理念でした。そしてジャーナリストを目指して読売新聞に入社し社会部記者として大活躍をします。中でも本田さんの名を広くしらしめたのが「黄色い血」キャンペーンでした。その前後の回想ではジャーナリストはいかにあるべきかを全身で追求した姿がうかがえます。その活躍にもかかわらず、社主・正力松太郎による紙面の私物化に抗議して退社し、フリーとしての文筆活動を始めます。
“拗ね者”と自らを称するのは本田さんの“照れ”ではありません。“由緒正しい貧乏人”と同様に、それは“誇り”であり“志”のあらわれだと思います。その本田さんの“志”が何だったのか、答えはこの自伝的エッセイの全部にあります。登場する人物はほとんどが実名です。田中角栄、早坂茂三、色川武大、糸井重里、鈴木茂三郎、園山俊二、佐野眞一、猪瀬直樹ら、同時代を走り抜けた人々が登場します。是々非々で、批判すべきは批判するという本田さんの姿勢は最後まで言論人の誇りに裏打ちされていることを読むものに感じさせます。
病魔と闘いながら、幾度かの休載がありならがも書き続けた、本音の言葉、そしてなによりも生きる姿……。それらがすべてに本田さんの“志”が込められています。弱者、少数者がいることを忘れない、彼らの視点を失わない。それは読売新聞者の社会部記から始まり、フリーとなって以後も本田さんの中に一貫して流れているものでした。「世俗的な成功より、内なる言論の自由を守り切ることの方が重要」との思いとともに。
──わが国の言論の自由は、民衆がかち取ったものでなく、占領軍によって与えられたものだったから、私たち戦後間もなくの新聞記者は浮かれ過ぎてその大切さを忘れ、旧体制の復活につれて、権力側に巧妙に祭り上げられていった、という反省が私にはある。──
本田さんは言論の自由の危うさをも感じていました。己の弱さも共に認めながら。己の弱さに負けないために本田さんが自らに課したのが「欲を持つな」ということでした。「金銭欲」「出世欲」「名誉欲」、それらを断つことで自らを律していたのです。迎合しない姿勢、これもまた自らを“拗ね者”と呼ぶゆえんなのでしょう。
──マッカーサーは日本人をとらえて、精神年齢は十二歳、と評した。それでも、十二歳で殺人者であり売春婦である今日の状況より、はるかにましではないか。何度でもいうが、いまは大方が欲呆けしている。欲しい、となったら、是非善悪を考えず、手段を選ばずに飛びつく。はなはだしく自己中心的なのである。──
欲呆けした日本人、それは取り返しのつかない精神的荒廃に陥った日本人の姿にほかなりません。本田さんはそのような日本人に向けて絶唱ともいうようなメッセージを記しています。
──危険を承知でいうと、いまの不況がもっと長く続けばよい、と私は思っている。規制緩和、自由化が進めば、弱者には辛い社会になる。お仲間たちは、痛い目に遭わないとわからない。二十一世紀はそこから仕切り直しである。──
本田さんが懸念した(予言した)ように日本は確実に進んでいます。弱者は増大し、一部の強者はさらに強者へと拡大し続けている日本。もし“本田靖春”がここにいたら何を言ってくれるのだろうか……と思わずにはいられません。
戦後日本の伴走者として書き続けた本田さん、彼の作品はどれもが日本の実像と可能性、さらには、その時に私たちが見逃しがちな陥穽を追求しているものでした。それは私たちがどこから来たか、そしてどこへ行くのか……、その道標なのだと思います。
この本は本田さんの“闘い”と“志(誇り)”の歴史とでもいうべきものでしょう。どのところからも熱い血が流れているのがわかります。でもそれだけではありません。本田さんの作品とあわせ読むとより私たちに伝えたかった、残したかった日本像、日本への思いというものが浮かび上がってくるように思えるのです。
──最期には、普通の国になんかなられてたまるか! と叫びながら、なるべく大きな白眼を剥いて死んでやる。そしてできることなら、しつこく化けて出たい。──
そして、もうひとつ、“志”に生きた本田さんは、また“情”、“義”の人でもありました。それがどのようなものであったのか、この本の『渋谷の夜の女』の章を読むとよく分かります。満洲で生き別れになった夫婦。元憲兵の夫はシベリア抑留、本土に引き上げる途中で幼児を亡くした妻。夫を待つ彼女はどう生きたのか……。夫の帰還の報を素直に喜べない妻。彼女をめぐる本田さんの助言と行動にはジャーナリスト云々以前に人としてのふるまいの気高さを感じます。そしてこのエピソードをこう締めくくっています。
──今流行っていることばの一つに、「癒やし」というやつがある。こいつをテレビで耳にするたび、私は胸の中で罵声を発する。バカヤロー、甘ったれんじゃないよ。(略)彼女が受けた傷は癒やされたであろうか。このことばは、こういうふうに使われるべきものである。傷つきもしないものが癒やしを求めるなんて、卑しくはないか。──
これもまた、絶唱としか思えない一節だと思います。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。
note
https://note.mu/nonakayukihiro