晴追町の住人は温かい心の持ち主ばかりだ。
もちろん短気を起こす人がいないわけではない。誤解が喧嘩に発展したり、悪戯の犯人捜しのためにひと騒動巻き起こることもある。けれどそれは住人たちの常の姿ではない。彼ら・彼女らは悩める住人にすかさず手を差し伸べ、他人のあやまちも寛大に許し、新参者も温かく受け入れる。お犬さまに見守られる小さな町には、誰もが仲良くなれる「土壌」とでも言えばいいだろうか、住人たちを柔らかく包み込む雰囲気がある――『晴追町には、ひまりさんがいる。』2作目、そんな感想を抱く作品だった。
たとえば本編第二話「長崎から来たお嬢さんが気になる話~または、海色のサンダルのひまりさんとデートをしたい話」では、1作目ではまだ引っ越してきたばかりの新顔であった主人公の春近
なぜ旅行者風のお嬢さんはサインペンを持っていたのか? 落書きをした者の正体は?
やがて春近は「ある身近な人物」とお嬢さんの接点を知り、また彼女が人に言えないような悩みを抱えていることにも気付いてしまう。春近は彼女を無視できなかった。有海さんやひまりさんの手を借りて解決方法を模索した。ほんの数ヵ月前に越してきたばかりの春近だが、今ではもう晴追町の住人だから、悩んでいる人を見捨てたりはできないのだ。「五月蠅い」と牽制され、「お節介」だと避けられても、手を差し伸べずにはいられない。
本編第三話「図書館王子と人妻のロマンスのこと」では聖川文也(ひじりかわふみや)という男が登場する。彼は晴追町の中央図書館に勤めるハンサムな司書で、甘いフェイスと仕事への情熱で奥様方の耳目を集め「図書館王子」と呼ばれている。春近は王子がひまりさんの家を訪問したという話に衝撃を受け、奥様方からの依頼も込みで彼の身辺を調査することになる。
新たな恋敵の出現かと身構える春近であったが、実際に話をしてみると王子はとてもいい人であり、同時にびっくりするほど病弱であることも明らかになる。彼が今まで生きてこれたのは晴追町の大人たちが手厚く保護してくれたおかげであり、それゆえ王子は真っ直ぐな性格の、好感の持てる青年に成長したのだった。しかし、「だからこそ」なのだ。いい人だからこそ、春近は王子とひまりさんの関係にやきもきすることになる。
では肝心のひまりさんは? というとミステリアスな人妻ぶりは相変わらずだが、第二話で故郷の銘菓「九十九島せんぺい」に目を輝かせてつい地元の方言を出してしまったり、第四話「有海さんが、魔性の人妻と浮気する話?」では有海さんの行動に悩む姿を見せたりと、以前より素の自分を出してきたような印象を受ける。最近、有海さんは夜になると密かに家を出る、ひょっとしたら綺麗な女の人のもとへ遊びに行っているのではないか……と犬の浮気を心配するひまりさんの面倒くささもたまらない。春近は愛するひまりさんのために有海さんの素行調査を行うことになる。
しかし、春近はいつまで「いい人」でなければならないのだろう。ひまりさんには有海さんと同じ名前の旦那がいて、その恋敵は1年に1度しか帰ってこない。人妻という立場は恋の防波堤となり、春近に接近をためらわせる。勇気を出しても犬の有海さんに牽制されてしまう。春近は慎重な行動を続けざるをえない。だが、いつまで? いつまでそんな関係が続くのか?
いい人揃いの晴追町で生きていくうちに、春近も人助けやお悩み解決に精を出せるような好青年に成長した。だが、それは本当によいことだったのだろうか? ちょっとした事件が持ち上がれば春近は解決に向けて奔走する。その度にひまりさんに相談する。晴追町は人と人の関わりが密接だから、馴染めば馴染むほど接触の機会も増える。うかつに触れてはいけない人妻と。
終盤、春近とひまりさんの関係にちょっとした変化が訪れる。強面の園長や大学サークル万歳会同期の巴崎たちがいっそう存在感を増し、新たに登場したキャラクターがつぎつぎ溶け込んでいくこの町で、春近の恋はどこへ向かうのか。今後の展開にますます期待がかかる。
レビュアー
ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸 にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと執筆を開始した。