2020年と聞くと、たいていの日本人は、東京オリンピックの開催を連想することが多いと思うが、実はもう1つ重要な出来事があるのをご存じだろうか。それは、大学入試制度の大変化である。既にご存じの方も多いように、文部科学省は、世界基準の大学に連なるべく、スーパーグローバル大学の認定と認定校への予算の傾斜配分を決めた。
講談社現代新書『2020年の大学入試問題』は、私立の中高一貫校の教師を中心にした教育研究組織「21世紀型教育を創る会」を主宰する石川一郎氏(かえつ有明中・高等学校校長)が、大きく変わる大学入試試験の概要とそれに必要な対策について詳細かつコンパクトにまとめている。今回はその内容を概説する形で紹介していこう。
30代。某インターネット企業に勤務。年間、150冊ほどを読んでいる。
特に、歴史、経済、哲学、宗教、ノンフィクションジャンルが好物。その中でも特に、裏社会、投資、インテリジェンス関連は大好物。
2020年に大きく変わる2つのポイント
大きく2つの転換がなされる。1点目は、入試問題の内容。大学側が求める問題が大きく変化する。例えば、以下のような問題は、どのレベルと思われるだろうか。
「19世紀に入ってからの産業革命が失業を生みだし、環境を破壊することになったのはなぜかを論述せよ」
この問題は英国の歴史の問題で、レベルで言うと文科省が採用した、グローバルスタンダードとされる6段階の“言語”レベルのうち、最下位とそれに続く下位2段階に位置する問題である。高校2年生が習得しておくべき内容とされている。
2点目は、試験方法だ。これまでのマークシートまたは紙への筆記から、コンピューター画面を見ながらキーボードを叩いて入力する形へと変更することを検討している。入試方法の変化については、昨今の社会情勢を鑑みると当然という気がする。
変わる授業、求められる新しいスキル
本書では、いくつかの日本の大学では既に2020年の入試の変更に先行して対応した入試問題を出していることを紹介しているが、日本の教育はグローバルスタンダードにはるかに遅れている、といった誤解は慎む必要があることがよくわかる。下記が、2013年の東京大学外国学校特別選考小論文で出された問題(つまり帰国生徒枠の問題)である。
「今日の社会状況は、しばしば『グローバリゼーション』の進展という観点から議論される。この『グローバリゼーション』に関して、以下の二つの問いに答えなさい。
~中略~
2 今日の『グローバリゼーション』は、あなたの生まれた国(あるいは暮らした国)と日本ではその意味や性質が同じなのであろうか、それとも異なるのであろうか。考えるところを述べなさい。」
2020年の大学入試問題では、「思考力・判断力・表現力」と「主体性・多様性・協働性」を求める出題方法が採られるが、それを先取りした内容であることがわかる。こうした問題についての自分の意見を述べるには、著者が指摘するように、議論や対話を促すアクティブ・ラーニング型授業(後述)や哲学対話が重要である。
今後、授業はどのように変わっていき、求められるスキルはどのようなものがあるかを以下で見ていこう。
アクティブ・ラーニング型授業と必要とされる3つのスキル
アクティブ・ラーニングとは、文部科学省によって以下のように定義されている。
教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、論知的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である
著者である石川氏が校長を務める、かえつ有明では、こうしたアクティブ・ラーニングを中学で「サイエンス科」、高校で「プロジェクト科」と名付け、実践している。そのアクティブ・ラーニング型の授業において必要なスキルとして挙げられているのが、
- コンペア(比較)・コントラスト(対照)
- ファクト(事実)・オピニオン(意見)
- コーズ・エフェクト(因果関係)
の3つである。筆者の私見では、特に日本人は、2つ目の事実と意見の違いを峻別して議論したり主張することが苦手なように見受けられるため、こうしたスキルを強化するのは望ましい方向性であると思う。
これらを整理・分類する「カテゴライズ」のスキルも学び、その4つを組み合わせた結果が論理的に組み立てられているかをチェックする「クリティカルシンキング」というスキルも必要としている。
著者は本書内で、こうした複数の視点で研究を続け、ついにノーベル賞を受賞した研究者の例を取り上げ、アクティブ・ラーニングの重要性を説いている。つまり先入観を取り払い、複数の視点を育む多様性を受け入れるための思考力を養うのがアクティブ・ラーニングなのである。
英語力とランゲージアーツを活用した感性づくり
ランゲージアーツとは、英語を母国語とした人たちの「国語」を指し、それらを学ぶことを意味する。英語にも思考力が必要であり、たとえば異国の文化を論じる際には自国の文化と同列で対比し、認めるために発想の違いを知り、その知識を活用することで感性を豊かにしていくのだと著者は説く。
英語的な発想と論理構造には深い関係があり、グローバル社会におけるコミュニケーションストラテジーに通じる。具体的には、英語は主語文化であるのに対し、日本語は述語文化であるため、日本語的な考え方、コミュニケーション方法では話ができないのである。
たとえば、「草は死ぬ。人は死ぬ。ゆえに人は草である」といったアリストテレスの三段論法は、西洋では矛盾となる。草も人も死ぬからといって、同じグループでないものは同じになれないからである。
ところが日本の発想では、述語の「死ぬ」という箇所に注目するため、草も人も死ぬなら、生きとし生けるものみないっしょであると理解する。こうした背景の違いをランゲージアーツで学ぶのである。
英語の学習においても、創造的思考力が求められると著者は説いている。
2020年の入試問題の傾向とは?
京都大学の経済学部入試の論文試験では、プラトンの『ゴルギアス』、ジョン・ロックの『統治二論』合わせて8000字強の課題文を読ませ、論理的思考のプロセスに合わせた問題を答えさせたうえで、以下のような問題が出題された。
「問4 カリクレスとロックが対話したとしたら、どんな対話になるのか。1,500字くらいで想像して書け」
カリクレスとは古代ギリシャの政治家で、『ゴルギアス』においてソクラテスと延々弁論をする描写がある。いずれの著作も「自然状態」と「社会状態」について論じている。
こうした問題に答えるには、解答者本人の「自分軸」が必要となる。「自分軸」とは、論理的に批判的に創造的に自分で想像するための、強い意志である。まずは「自分軸」がカリクレスと同じなのか、ロックと同じなのか、両者とも違うのかを明確にしなければならない。両者が代表している歴史観では解決できないということを導けば、生徒自身の自分軸が浮き出てくるはずである。2020年の大学入試試験では、難易度の差はあるもののこのような性格の問題が多くの学校で出題されるだろう、というのが著者の見立てである。
著者は、スーパーグローバル大学個別の入試では、新たに到来する社会の「人口光合成」「人口エネルギー」「宇宙開発」のアイデアそのものについての問いかけが投げかけられるだろう、とも推測している。
すでに始まっている新しい授業や、2020年に変わる大学入試について見てきたが、ちょうど今の中学生が大学受験を迎える頃である。東大や京大、早慶などの難関大学を目指しているなら意識しておきたいポイントがたくさんある。
中学・高校受験を控えたお子さんの親御さんのほか、すべての学校の教職員と教育事業に関わるすべての職員に、特に読んで頂きたい一書である。