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2016.01.27

レビュー

【2016年米大統領選】トランプ氏を支持するアメリカ人の正体

大国アメリカの多様性をこのようにビビッドに描いた本はそうないと思います。それも私たちがよく耳にする〝保守〟と〝リベラル〟という思潮を追いながらその実態を明らかにしていきます。

なぜこの二つの思潮が重要なのでしょうか。それは「保守であるかリベラルであるかは、アメリカ人にとって、いわば「生き様」のような問題であり、支持政党という意味以上に、嗜好や愛着の類に属する「文化」だから」なのです。といっても私たちが想像している以上にこの二つの思潮は複雑な様相をしています。それを丁寧に分析したのがこの本です。アメリカを知るには必読です。これを読むとなぜトランプ氏が支持されているのかも腑(ふ)に落ちるにちがいありません。

この〝保守〟と〝リベラル〟という「文化」の違いが都市、南部、信仰、メディア等でどのように現れているのかを、渡辺さんは選挙事務所で働いた自身の体験を含めて、私たちの前に明らかにしていきます。ややもすると〝リベラル=民主党〟、〝保守=共和党〟というように考えがちですが決してそのように単純ではありません。

1枚の地図が興味深いアメリカの歴史を物語っています。1896年と2004年の大統領選で共和党、民主党が多数を獲得した州の地図です。それぞれが多数を獲得した州がごく一部を除いて入れ替わっています。共和党支持の州は民主党に、民主党支持の州は共和党へと変化しています。100年あまりの間に大きな変化がアメリカに起こったのです。

この変化のきっかけになったのが都市への移民の増加でした。1896年の頃は現在と異なり民主党は南部の農村を基盤にしており、共和党は都市を制していました。「もともと、保守的な南部や中西部にくらべて、共和党は東部では伝統的にリベラルだった」のです。ところが第二次大戦後の「共和党の保守化の流れに、ニューイングランドの共和党エスタブリッシュメントは抵抗を示した」のです。これが共和党の分裂を生み、民主党の進出を許すことになったのです。

同じ政党とはいっても「地域によってまったく支持母体のちがう存在であり、地域差の壁は政党の団結をそこねることすらあった」のです。これは現在の大統領候補指名争いでもその実態がうかがわれます。同じ政党に属しているとは思えないような攻防戦がそこにはあります。実はそれこそがアメリカの多様性をあらわしているのかもしれません。

移民の動きを反映した都市の変貌によりアメリカの政治地図は大きく変わっていきました。さらに南北戦争以前から独自の文化的アイデンティティを持っている南部、そこでは〝保守・リベラル〟という対立軸以上に〝反ワシントン(反中央)〟というものが重要視されています。それを象徴する政治家がヒューイ・ロングでした。

彼は、小説『すべて王の臣』や、映画『オール・ザ・キングスメン』のモデルとなった政治家としても知られています。民主党の政治家としてルーズベルト大統領に対抗した彼は、〝反ワシントン〟ということに加えてもうひとつの重要な思潮をも代表しています。それが〝ポピュリズム〟というものでした。今では〝大衆迎合〟というように使われていますが本来は違った意味を持っていました。

「平等主義にささえられた農民運動として開化した」のがアメリカのポピュリズム運動で、それは、「民衆の反発を代弁する草の根の政治としてさまざまな運動につながっていった」ものだったのです。現在では肯定的には使われていない〝ポピュリズム〟というものも始まりは決して否定的な意味ではありませんでした。

さらには党派、地域、反ワシントンという動きの中に加えて〝宗教〟というものもアメリカの政治には大きな影響を与えています。〝保守〟と〝リベラル〟というものも決して一色ではありません。たとえば銃規制ひとつをとってもさまざまです。党派を横断してさまざまな要素が絡み合っている多様性こそがアメリカのエネルギー源であり、それが織りなして2大政党に収斂していく中にアメリカのアメリカたるゆえんがあるのでしょう。

けれどアメリカには大きな欠落も存在します。それは民主主義の確立の歴史の裏側にありました。

「封建制がアメリカにほとんど不在だったことは、アメリカのスムーズな民主化に貢献した。しかし、封建制との格闘を経ずして、民主化を実現したアメリカは、封建制や絶対主義的な社会を民主化することがどれだけ大変かを、理解する想像力に欠けているともいえる」。そして「対外的にはアメリカ的自由主義を広めるという衝動」が起きやすい国を作り上げたということです。もちろんその積極性の反対としてモンロー主義に代表されるような〝名誉ある孤立〟という思潮を持っているのもアメリカです。そのどちらもが間違いなくアメリカです。

今年(2016年)は大統領選です。これはアメリカの多様な、素顔とでもいったものをうかがい知ることができる機会でもあります。どのようなアメリカが、どのような思潮に支えられて出現するのでしょうか。この本は〝保守〟とは何か、〝リベラル〟とは何かということを今一度考えさせてくれるものだとも思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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