著者は現在、茨城大学人文社会科学部の教授を務めている。美学・美術史の専門家で、これまでに出版した書籍でサントリー学芸賞や吉田秀和賞を受賞したほか、訳書も手掛けてきた。そんな著者が今回、畑違いの分野について一冊にまとめた背景には、陶芸への深い愛があった。
私の本職はフランス美術を専門とする美術史家だが、陶芸愛好の「自分ヒストリー」は美術史家になる以前の一九九〇年頃まで遡る。フランス美術について研究するよりも、長い時間を陶芸愛好に捧げてきた。約三十五年間、陶芸愛好家として、多くの陶芸家と知り合い、陶芸のイロハを教わり、陶芸論議で夜を明かし、そして、作品を買い求め、雑誌や研究書を漁り、陶芸とは何かを考え続けてきた。「好きに勝るものはない」と言われるが、本書の執筆は、これまで書いてきた本とは比べようもない程楽しかった。
二〇一〇年代以降、欧米では「日本陶芸が現代アートになった」と言われ、有名美術館に続々と最新の日本の陶芸作品が収蔵されている。今日のグローバルな芸術環境において、陶芸は欧米の美術館に心地よい居場所を見出し始めている。ニューヨークのアート・ディーラーのJ・B・マーヴィスはこうした現状を「日本人だけが知らない、日本の現代陶芸の真実」と挑発し、欧米があたかも日本陶芸の現代性を「発見」したかのように主張している(『世界を魅了する日本の現代陶芸』、二〇一九年)。
陶芸は常にモダンアートであり、現代アートだった。この視点から出発することによって、多様性の名の下にカオスと化した陶芸史を交通整理して、すっきりと見通せる「近代日本陶芸史」を編む必要がある。
知った名前もあれば、本書で初めて触れた名前も多くあった。それでも、たとえば第三章で描かれた加藤唐九郎の贋作スキャンダルと重要文化財の指定解除や、第四章で取り上げられた人間国宝制度の発足とブランド化など、芸術の世界で起きる生々しい出来事には、徐々に引き込まれてしまった。芸術家の心と人間くささが入り混じったドラマの数々に、かえって親近感を覚える。
何より本書には、図版が豊富に掲載されている。文中で紹介されている作品や資料が、その場ですぐ目にできるのは、ぜいたくな造りといえよう。巻末には図版の全リストも収録されており、まるで美術展で作品の一覧を手にしながら、展示を巡ったような読後感を味わえた。陶芸について詳しくない自分でも、その歴史に興味を持つことができたのは、こうした図版の力も大きいだろう。知識のある方は、より一層楽しめる一冊に違いない。








