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2025.02.10

レビュー

天才絵師・葛飾北斎が学んだ絵手本とは。江戸絵皿から見えてくる町民文化の粋と暮らし

昨年、2024年に20年振りに新しいお札が発行されましたね。普段の生活で一番目にしやすいだろう千円札は野口英世から北里柴三郎にバトンタッチしましたが、裏面には、富嶽三十六景・神奈川沖浪裏が描かれています。千円札という日常と共にある存在になった葛飾北斎。稀代(きだい)の天才絵師である北斎の代表作で忘れてはいけないのが「北斎漫画」です。

「北斎漫画」は、葛飾北斎が自身の膨大なスケッチを編集し、絵手本としてまとめたもので、1814年(文化11年)から出版された全15編から成る絵本シリーズで、絵を学びたい人々に向けて作られた、技術習得のための教材として親しまれてきました。

本作、『北斎漫画を謎解く江戸絵皿事  絵手本から漫画、絵皿へ』は、葛飾北斎が描いた「北斎漫画」の創作背景やその広がりを分析するだけでなく、江戸時代の工芸品である「絵皿」との関係性を詳細に解き明かす1冊となっています。
著者である河村通夫氏の情熱と、長年にわたる研究成果が詰め込まれており、膨大な資料調査をもとに、江戸時代の視覚文化における「北斎漫画」の影響力と、その図柄が絵皿という日用品にまで及んでいった過程を綿密に分析しています。

そもそも江戸時代の「絵皿」という文化とは?

「絵皿」とは、文字通り日常生活で使われる陶器に絵が描かれたものを指します。江戸時代において、絵皿は工芸品としての役割だけでなく、当時の人々の趣味や文化、価値観を反映したメディアでもあったようです。
絵皿に描かれた図柄には、当時流行していた絵手本の絵や、人気の浮世絵師による作品が使用されることが多かったといいます。現代でもキャラクターのお皿やマグカップが多く流通している様子をみると、市井の人々が親しみやすい媒体であったのだろうなと実感できることでしょう。
この副題にもある絵手本とはもともと江戸幕府のお抱え絵師集団、狩野派の橘守国が門外不出だったものを出した絵手本のことで、それが「北斎漫画」に影響を及ぼしています。

河村氏は、長年絵皿についての研究の賜物である膨大な資料をもとに、絵手本と絵皿、そして「北斎漫画」の図柄の関係性を一つひとつ解き明かしています。その中で絵皿のデザインが単なる模倣ではなく、江戸時代の庶民文化の中でどのように「再創造」されたかという点に焦点を当てて解説していきます。
「絵皿」という視点から江戸時代の庶民文化を読み解く本書のアプローチも秀逸です。絵皿には「北斎漫画」由来の図柄だけでなく、時事的な風刺や季節の行事、物語の一場面など、多彩なテーマが描かれており、当時の町人文化の豊かさを如実に物語っています。

これは何?

たとえば、「北斎漫画」に描かれたこちらの風景スケッチは、14点もの風景画が描かれているものの、それぞれにお題は記されておらず、「これは何なのだろう?」と絵解きのお題が掲げられています。
右側の絵に描かれているのは夫婦岩、その右手には石灯籠のスケッチ、そして他には鳥居のある風景がたくさん……。
これは江戸時代の人々が、一生に一度は参拝したいと願っていた伊勢まいりや大和めぐりの名所を構成したものである、ということを絵皿を手がかりに考察し解説しています。

こちらの絵を再創造して描かれた絵皿がこちらです。
例えばこの節では、夫婦岩のスケッチをきっかけに、古い文献や絵皿を組み合わせて、答えを手繰り寄せていく過程が解説されています。
それは古来伊勢神宮に参拝する前には、二見浦で禊(みそぎ)をするのがならわしだったということを、二見浦の夫婦岩で表しているという手がかりを頼りに、石灯籠は春日神社(春日大社)の春日灯籠であり、花が咲いている木のスケッチは梅、梅といえば北野天神である……。ひとつひとつ裏付けを得て全体像を理解していく過程に読者は静かな興奮を覚えることでしょう。

江戸文化の背景と庶民の視点

本書はまた、当時の庶民の価値観や美意識を浮かび上がらせる点でも非常に興味深い内容となっています。「北斎漫画」が「絵手本」として広く普及したことは、江戸時代の庶民が持つ美への関心の高さがうかがえます。そして、その流行が絵皿という日常的な工芸品にも波及したことは、当時の町人文化の奥深さを物語っています。
さらに、絵皿には「北斎漫画」由来の図柄だけでなく、時代の風刺や季節の行事、物語の場面など、江戸時代ならではの多彩なテーマが描かれています。本書はこれらの図柄を一つひとつ丁寧に紐解き、絵皿が持つ情報の多層性を読者に伝えてくれます。

『北斎漫画を謎解く江戸絵皿事典』は、江戸時代の芸術と庶民文化を結ぶ架け橋のような1冊です。葛飾北斎という天才絵師の作品が、いかにして日常生活にまで広がり、庶民の美意識を形作っていったのかを具体的かつ魅力的に伝えてくれます。
本書を通じて、北斎の作品と江戸文化が持つ奥深さを改めて感じ取ることができるでしょう。江戸時代の芸術や文化、また北斎漫画に興味がある人にはぜひ手に取ってほしい1冊です。

レビュアー

宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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