まずは、本書読者が繰り返し眺めることになるであろう「霊長類系統図と手の形」のイラスト(画:笹原富美代)から紹介しよう。見慣れたサルの手、ヒトの手の形もあれば、思わずギョッとするような形状もある。サルの手=なんとなく人間っぽい形という先入観が見事にひっくり返される見開きだ。
アイアイのごくごく特別な中指の構造は、食物を掻き出すだけでなく、食物を叩いて、その中身の状態を知る道具としても使われている。コウモリに似ている大きな膜状の耳は、その中指がつくる反響音を聞く聴診器である。こうしてアイアイは堅い殻に覆われたものの中身を探ることができる特異な能力をもって、見えない食物を探りあて、鋭い切歯でこじり開け、頑丈な薬指でこじ開け、繊細な中指で掬い出すことができる一連の採食システムを完成したのである。
たとえば、足を怪我したネズミキツネザルに、餌としてバッタやカブトムシを与えてみたときの描写。食べやすそうなバッタから手を付けるかと思いきや、真っ先に自分の体の半分ぐらいの大きさをもつカブトムシを両手でつかみ、ガリガリと齧り始めたという。キュートな見た目とのギャップがすごい。
私はネズミキツネザルの両手に目をみはった。吸盤つきの手の指は、甲虫類のつるつるの鎧を摑むためにあつらえむきの道具なのだ。この地球は、「虫の惑星」とも呼ばれるほど昆虫が多いが、なかでも甲虫はその過半数を占める。その無数にいる甲虫の滑らかな鎧を摑むには、吸盤は最適の道具なのだ。
マウンテンゴリラの親指がチンパンジーよりも人間に近いほど太いのは、主食を食べるためにしっかり握らなくてはならないためである。つまり、草やツル(ガリウムやイラクサはその主食の位置にあるのだろう)を抜き、取り上げ、食べる前に皮を剥いたりと、いくつかの加工をするので、ゴリラは強力な握りを開発している。(中略)草であれ、ツルであれ、抜くことにも、その加工にも技術が必要だし、力が必要である。
類人猿たちが何を主食としていたか? それによって手に入れたヒトへの進化の決定的なきっかけとは何か? さまざまな仮説を挙げながら、「ボーン・ハンティング(骨猟)仮説」なる聞き慣れない言葉に読者を導いていく展開は、手に汗握ること必至。その生存の道を通して、やがて直立二足歩行という人類最大の特徴を手に入れる過程=仮説にも、ご先祖様の涙ぐましい努力に胸を打たれずにいられない。この感動はぜひ本書を手に取って味わってほしい。読みながら、ページをめくる自分の手の形や、満員電車のなかで踏ん張る立ち姿なども気になってくるに違いない。
また、随所に笑いを散りばめた冒険小説のような筆致も、この本の大きな魅力だ。やっぱり冒険家の最大の武器はユーモアなんだな、と痛感する。特に好きなくだりを挙げておこう。
マハレまでの旅路は、ナイロビからチャーターした双発のプロペラ飛行機が前後上下左右、完全に真っ白のホワイトアウトのなかを高度計と無線だけを頼りに、湖畔の町キゴマまで3時間も飛び、キゴマから西田さん差し回しの船で出発したとたんに、タンザニア海軍の魚雷艇から機関砲を突きつけられて停船命令を受け、揺れ回る丸木舟では小用も足せず、10時間以上の水浸しの航海の末に湖水に跳び込んでこの生理的な悩みを解消しようとする人が出たり、その鼻先にウォーターコブラが現れたり、闇夜のなかを進む船が燃料不足で止まったりしてしまうなど、取り立てて問題になるようなこともなかったので(これがアフリカ!)、湖畔に迎えてくれた西田さんの姿が実に懐かしかった。







