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2025.02.18

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生物は、なぜ進化するのか? 生命40億年の冒険が始まる!【進化論講義】

ダーウィンは偉大だった。進化のおもなメカニズムとして自然淘汰を発見し、生物の多様性を種分化によって説明した業績によって、歴史上もっとも偉大な進化生物学者であることを私は疑わない。でも、それは、ダーウィンが完璧であることを意味するわけではない。間違ったこともたくさん言っている。
科学者科学出版賞を受賞した『化石の分子生物学』(講談社現代新書)など、多数の著作がある古生物学者・更科功の新刊は、まさしく多様性の時代にふさわしい新たな視点による「進化論講義」。19世紀イギリスの科学者チャールズ・ダーウィンが1859年に発表し、世界に衝撃を与えた『進化論』の再検証を皮切りに、驚きに満ちた進化のメカニズムと、単純ではない複雑さがあるからこそ獲得した生物の多様性を解説していく。タイトルどおり分かりやすく、読みやすい筆致で、ページを繰る手を止めさせない。目に楽しい図版も豊富だ。

まず読者に投げかけられるのが、そもそもダーウィンの書いた『進化論』を我々はどこまで理解しているのか?ということ。著者はその偉大な発見や革新性を改めて紹介しつつ、その後の研究により「必ずしもダーウィンの言うとおりではない」部分があることも率直に指摘していく。

また、下記のような言葉についても、知らずに誤解していた人はわりと多いのではないだろうか。
ただ一つ、はっきり言えることは、ダーウィン自身の考えが、「ダーウィニズム」や「ネオダーウィニズム」と呼ばれたことは一度もない。
ダーウィンの考えに何らかの変更を加えたものを「ダーウィニズム」とか「ネオダーウィニズム」と呼ぶのである。
さらに、「もっとも曲解されたダーウィンの主張」としてトピックに挙げられるのが、自然淘汰という言葉だ。「第2講義 自然淘汰とはなにか」という章では、生物の進化に不可欠な要素としての自然淘汰のプロセスが解説される。もしかしたら、単純に「環境の変化や外敵の影響などによって、種が減ったり滅びたりすること」だと思っている人もいるかもしれないが、それだけでは十分な説明とは言えない。本書では、「より多くの子を残す変異が増えていく」のが自然淘汰である、と説明される。これだけで、だいぶ言葉のイメージが変わった人は多いのではないか。

ある種の自然淘汰(性淘汰)によって、特殊な形状に進化した生物の具体例として、シュモクバエという熱帯地域の生物がここで登場する。そのヘンテコな姿には驚くこと請け合いだ。「一体どう進化したのか?」と考えずにいられないが、その興味深い過程も本書ではしっかり解説される。
続く「第3講義 さまざまな生物から進化を考える」では、ウマ、糞虫、ミクロラプトル、ハキリアリといった多彩な具体例を挙げて、進化の複雑さと多様性が語られる。生物好きにはたまらなく楽しいページだが、特にインパクト絶大なのが、1955年にフランシス・タリーというアマチュア化石収集家が発見したという謎の古代生物・タリーモンスターだ。
後にタリーモンスターと呼ばれるようになるこの化石は、10センチメートルほどの動物の化石で、頭部の先端が蛇のように長く伸びた構造になっていた。その一番前にはワニのような口がついており、口には歯のような構造も観察された。また、頭部からは細い棒状の構造が左右に突き出していて、その先端は眼になっていたと考えられる。
まさに『進化論』からは逸脱するような奇怪なビジュアルだが、著者はその生物を「それほど不思議な生物とは思わない」と言う。たとえば左右に突き出た眼という特徴は、前述のシュモクバエとも近似しており、そういう生物が地球上に実在する以上、決して「ありえない」ものではない。

「事実は小説よりも奇なりというが、進化が生み出す多様性は、ときに私たちの想像力を超える」と著者は語る。つまり、生物の進化を考えるうえでは、人間の想像力が追いつかないゆえの誤解も生まれやすいということを教えてくれる(それこそダーウィンもその轍を踏んだくらいだ)。

「進化の方向性」という面で格好の例として挙げられるのが、恐竜と鳥(一応ことわっておくと、鳥類は恐竜が進化したものではなく、あくまで同じルーツを持つ別系統の生物群である)。翼竜は滑空によって飛行能力を進化させたと考えられているが、逆に飛行能力を失う方向で進化した恐竜もいたのではないか。この考察もまた、人間の単純な思い込みを裏切るような進化のプロセスとして興味深い。ちなみに羽毛付きのデイノニクスの復元イメージも、すごくかわいい。
もしかしたら、現在のダチョウのように、空を飛んでいた祖先が、二次的に飛行能力を失って、デイノニクスやヴェロキラプトルに進化したのではないだろうか。翼竜やコウモリには、二次的に飛行能力を失ったものは知られていないが、鳥類(つまり恐竜)には、二次的に飛行能力を失ったものが、たくさんいるのだから。
鳥類が翼を進化させ、飛行能力を身につけた過程も、単純な一直線ではなかったと考えられる。間にいろいろな寄り道をして、結果として大空を羽ばたく鳥になったという「非直線的進化のイメージ図」には、現在も多様な種が地球上に存在する鳥類の世界を思えば、説得力がある。そこに添えられた著者の言葉も、日常生活の言い訳に使える名言として覚えておきたい。
本文図版:酒井 春
人生で一番楽しいことは、無駄遣いと道草だという。無駄遣いはともかく、道草は進化にとって重要である。目的に向かって一直線に進むような進化だけでは、生物の複雑で素晴らしい構造をつくることはできないのである。
本書後半では、ダーウィンの時代にはなかった最新テクノロジーの絡む命題も含め、考察はより多岐にわたっていく。遺伝子から見た進化のメカニズム、近親交配が進化に及ぼす影響、宇宙生活において予想される生物の進化、生物と無生物の境目は進化によって変わるのか、などなど……興味深いトピックにいくつも出会えるはずだ。最終章「第6講義 ヒトをめぐる進化論」に至ると、もはや哲学書の領域に踏み込むような箇所もある。

なかでも印象深いのが、“シンギュラリティ”の到来について著者の語る見解だ。つまり、人工知能(AI)が自らの能力を上回る人工知能を新たに作り出す時点……それが個から個を生むだけのバトンリレー的な継承なら特に脅威を感じる必要はないが、明らかに“進化の条件”がそこに発生したとしたら?
本当に恐れるべきは、人工知能に自然淘汰が働きはじめたときだ。たとえば1つの人工知能が2つの人工知能を作るようになったときだ。そうなったら、本当に取り返しがつかないことになるのではないだろうか。
この言葉の真意は、ぜひ本書を読んで考えていただきたい。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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