「貝の螺旋」を支配する数理の世界
しかし、ページを開いてすぐ面食らうことになります。なぜなら、本書の主役は、小さく静かな「貝殻」だから。アンモナイトにアサリ、全編にわたって繰り広げられるのは「貝殻の形」をめぐる、数理形態学の本格的な講義でした。
予想していた「生物の進化」とのギャップから、最初は思わず目が滑りそうになりました。しかし、この「貝殻」こそが、自然界が隠し持つ設計図を解き明かすのにうってつけのサンプルだったのです。
著者の生形貴男氏は、古生物の形態解析を専門とする京都大学国際高等教育院の教授です。化石を掘り起こすのとは違い、生物の「かたち」を「数理の目」で読み解くのが著者のアプローチです。
化石といえば……のアンモナイト。多くの人の頭に浮かぶのは平たい渦巻き状の貝殻ではないでしょうか。ただ、そのかたちにはかなり個体差があります。
さまざまな殻の巻き方のものを示す
「ニッポニテス」のかたちに隠された生存戦略
右下のものは「異常巻き」とよばれるアンモナイト「ニッポニテス」です。以前観た映画でヒロインが「異常巻き(のアンモナイト)は高いんだよ!」と大興奮で語り、大枚はたいて買ったアンモナイトの化石を愛でていたのを思い出しました。
通常のアンモナイトがきれいに規則正しく巻いているのに対し、ニッポニテスは途中で巻き方が変わったり、立体的にねじれたりと、かなり気まぐれに見えます。このかたちに何か意味があるのでしょうか?
第一章では貝の形状を「らせん拡大率」や「管の太さ」といったパラメータで分析しましたが、日本の古生物学者・岡本隆司氏が考案した「成長管モデル」では「開口部の向き」を基準に加えています。このモデルを使うと気まぐれに見える異常巻きアンモナイトの形作りのプロセスも、コンピュータ上でシミュレーションできるといいます。
岡本の成長管モデルの概念図(左)とそれにもとづく形態空間(右)。円形の
開口部の並進と拡大、開口部面の向きの回転、および開口部の中心を通る法
線まわりの開口部の回転(自転)によって殻成長を表す
ニッポニテスの成長途中に見られる3通りの巻き方。左から順に、左巻き螺
旋、平面螺線、右巻き螺旋
つまり、これらの種間の巻き方の違いは、海水中での「生息姿勢の好み」の違いによってもたらされたというわけである。
自然のものとは思えない複雑な造形が、生き残るための変数の切り替えによってグリグリと描き出されていくプロセスを思うと、不思議なロマンを感じます。
生物の進化の縮図を見る
進化の基本プロセスを考えると貝の形は種ごとに「これが生存や繁殖に最も有利なかたち」という最適解に収束しそうですが、実際はそうでもないのです。ではなぜ多様性が生まれるのか?という問いを通じ、進化とは「究極の形態」をデザインすることではなく、その場にある合わせ技でなんとか生き残ろうとするサバイバルの連続だったのだとわかります。
それは貝殻だけでなく、私たち人間も含めた「生物全体の進化」にもいえることではないでしょうか。本書は貝の形を通じて、生物の進化の縮図を見せてくれたのだと、読み終えた今なら納得できます。
そのらせんに何億年もの命の進化が浮かび上がる……。身近な貝をじっくり眺めてみたくなる一冊です。







