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2026.07.16

レビュー

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生命進化史のミステリー! 数理的アプローチで、生物のかたちと進化の謎を解明する

「貝の螺旋」を支配する数理の世界

「生物の進化」と聞けば、多くの人は恐竜たちのドラマチックな絶滅劇や、人類が二足歩行を始めるまでの壮大な歴史を思い浮かべるでしょう。私もそんなロマンを期待して、本書『かたちと進化の謎 生物の進化を「数理の目」でよみとく』を手に取りました。

しかし、ページを開いてすぐ面食らうことになります。なぜなら、本書の主役は、小さく静かな「貝殻」だから。アンモナイトにアサリ、全編にわたって繰り広げられるのは「貝殻の形」をめぐる、数理形態学の本格的な講義でした。

予想していた「生物の進化」とのギャップから、最初は思わず目が滑りそうになりました。しかし、この「貝殻」こそが、自然界が隠し持つ設計図を解き明かすのにうってつけのサンプルだったのです。
著者の生形貴男氏は、古生物の形態解析を専門とする京都大学国際高等教育院の教授です。化石を掘り起こすのとは違い、生物の「かたち」を「数理の目」で読み解くのが著者のアプローチです。
化石といえば……のアンモナイト。多くの人の頭に浮かぶのは平たい渦巻き状の貝殻ではないでしょうか。ただ、そのかたちにはかなり個体差があります。
図1-1 アンモナイトの仲間9種
さまざまな殻の巻き方のものを示す
しかし、このバラバラなアンモナイトの形状も、「らせん拡大率」と「管の太さ」という2つの数値(変数)を通じて系統的に分類できるのです。自然界の造形は偶然の産物ではなく、実はルールに沿っているのでは……? いつの間にか、頭にあった「なんで貝?」という引っかかりは消えていました。

「ニッポニテス」のかたちに隠された生存戦略

図0-1 貝殻の多様なかたち
ころんと丸いもの、チョココロネのようなもの、細い弓型のもの……。右下のものにいたっては、ねじれてこんがらがった紐のようにも見えます。しかし、よく見れば、そのどれもに「らせん状」の巻きがあることがわかります。

右下のものは「異常巻き」とよばれるアンモナイト「ニッポニテス」です。以前観た映画でヒロインが「異常巻き(のアンモナイト)は高いんだよ!」と大興奮で語り、大枚はたいて買ったアンモナイトの化石を愛でていたのを思い出しました。
通常のアンモナイトがきれいに規則正しく巻いているのに対し、ニッポニテスは途中で巻き方が変わったり、立体的にねじれたりと、かなり気まぐれに見えます。このかたちに何か意味があるのでしょうか?

第一章では貝の形状を「らせん拡大率」や「管の太さ」といったパラメータで分析しましたが、日本の古生物学者・岡本隆司氏が考案した「成長管モデル」では「開口部の向き」を基準に加えています。このモデルを使うと気まぐれに見える異常巻きアンモナイトの形作りのプロセスも、コンピュータ上でシミュレーションできるといいます。
図2-12 岡本の成長管モデル
岡本の成長管モデルの概念図(左)とそれにもとづく形態空間(右)。円形の
開口部の並進と拡大、開口部面の向きの回転、および開口部の中心を通る法
線まわりの開口部の回転(自転)によって殻成長を表す
ニッポニテスは、立体的な「右巻き螺旋」「左巻き螺旋」、平面的な「平面螺線」(巻き方で『らせん』の漢字が違う!)の3つの巻き方を繰り返し、蛇行形態を作り上げます。
図2-13 ニッポニテスの巻き方
ニッポニテスの成長途中に見られる3通りの巻き方。左から順に、左巻き螺
旋、平面螺線、右巻き螺旋
岡本氏は巻き方の切り替えを生息姿勢の変化によるもの、つまり貝は開口部を調整しつつ成長していたと仮定し、蛇行形態を再現することに成功したのです。
つまり、これらの種間の巻き方の違いは、海水中での「生息姿勢の好み」の違いによってもたらされたというわけである。
映画から断片的に得た「異常巻きは高い」という前情報から、異常巻きアンモナイトのことを「突然変異でできたレアな貝なのかな?」と思っていました。しかし、あの独特の形は「海中で特定の姿勢を安定させ、ぷかぷか漂いながら独自の居場所で生き抜く」戦略の結果だったのです。

自然のものとは思えない複雑な造形が、生き残るための変数の切り替えによってグリグリと描き出されていくプロセスを思うと、不思議なロマンを感じます。

生物の進化の縮図を見る

本書のもう一つの読みどころは、第4章から第5章にかけて語られる「理想的なかたち」についてです。
進化の基本プロセスを考えると貝の形は種ごとに「これが生存や繁殖に最も有利なかたち」という最適解に収束しそうですが、実際はそうでもないのです。ではなぜ多様性が生まれるのか?という問いを通じ、進化とは「究極の形態」をデザインすることではなく、その場にある合わせ技でなんとか生き残ろうとするサバイバルの連続だったのだとわかります。

それは貝殻だけでなく、私たち人間も含めた「生物全体の進化」にもいえることではないでしょうか。本書は貝の形を通じて、生物の進化の縮図を見せてくれたのだと、読み終えた今なら納得できます。
そのらせんに何億年もの命の進化が浮かび上がる……。身近な貝をじっくり眺めてみたくなる一冊です。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。

X(旧twitter):@752019

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