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2026.08.25

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あなたが本当にのぞんでいるものは何か? 欲望と自己をめぐる壮大な「知の冒険」

精神医療というのは、投薬・入院なども含む治療行為のこと。精神分析というのは、言葉による治療が主になる。だから厳密には職種が異なるのだが、双方のメソッドが実際の治療に活かされることは多々あり、両方の肩書きを持つ医療従事者もいる。

精神分析の大家といえば、オーストリアの学者、ジークムント・フロイト(1856~1939)。彼はもともと神経学・神経病理学を専門とする医師としてキャリアを始め、やがて精神分析・精神医療の最前線に携わった。その前にも精神医学の研究者たちは存在したが、現在もその名を残す者は少ない。本書はそんな「フロイトになれなかった」先人たちの足跡を含め、フロイト登場以降の精神分析の深化・発展までも包括した一冊である。

著者は精神分析、現代哲学を中心とした思想史を専門とし、早稲田大学文学学術院講師などを経て、現在は人間環境大学心理学部准教授をつとめる工藤顕太。1989年生まれの気鋭の研究者だ。

精神分析の「現場」では、患者が話し、担当医がそれを聞き、何らかのアドバイスを授けるという形式が一般的である。フロイトが黎明期に確立した治療形式のひとつだ。
精神分析家の最も重要な責務は「聴くこと」であって、分析作業の主導権はあくまでも「話す主体」の側にある。もちろん、精神分析家も「解釈」というかたちで言葉を行使するが、「解釈」の第一の機能はさらなる自由連想を促すこと、つまり患者が「話す主体」となるのをサポートすることにある。
ただ患者の話を聞くだけではない。時には催眠術も使い、フロイトが発見した「無意識下の言葉」を引き出すことで、治療は大きく前進する。このプロセスの発見が精神分析の歴史を大きく前進させる過程も、本書ではスリリングに描かれる。なお、催眠を表す「MESMERIZE」という言葉の語源は、フロイトの先達にあたるフランツ・アントン・メスメル(1734~1815)から来ている。本書序盤の「前史」の部分にも登場する人物だが、黒沢清監督の映画『CURE キュア』(1997年)でその名を覚えている人も多いだろう。
彼らは、患者に催眠をかけ、発症のきっかけとなった出来事についての記憶を呼び覚ますことで、ヒステリーの症状を解消させることができると発見した。重要なのは、患者にとって決定的な意味を持つはずの記憶が、通常の意識状態では想起されないということである。そのひとにとって真に重要な記憶やそれにまつわる感情が、意識から隔絶された場所に埋め立てられている。フロイトが「無意識」として概念化するのは、まさにこの隔絶された場所、いわば心の地下室のような領域である。
精神分析に詳しい人であれば、これらの内容は基本中の基本かもしれない。また、フロイト自身が抱えていた母親を巡る“トラウマ”に関しても、一部にはよく知られた話だろう。
母との関係がフロイトにもたらしたトラウマについては、不確定な部分が多いものの、やはり立ち止まって考えておく必要がある。この問題は、第一に、アマーリアと乳母というふたりの母が関与しているがゆえに、第二に、近親姦的な性愛の問題とフロイトの喪失体験(乳母の犯罪行為による疑似母子関係の破綻)とが絡み合っているがゆえに、きわめて複雑である。
しかし、このようにしてアマーリアに理想的な女性のイメージが割り当てられる代償として、もうひとりの母親である乳母は、危険な欲望を持った悪しき女性、「賢いが醜い老女」として回想される。一言でいえば、フロイトの母親像は、〈アマーリア=聖母〉と〈乳母=魔女〉という二極に分裂しているのである。
両極端のイメージで捉えられた“ふたりの母親”の姿に、フロイトが「本心」だけを正直に書き残したわけがない、などと想像してしまうのはドラマの見過ぎだろうか。読者にもいろいろな想像の余地を与えてくれるディテールも本書には描かれている。

「暗黒大陸の探索」というミステリアスな章タイトルを冠した第三章以降は、フロイト以降の重要人物たちが精神医学界に築いてきた歴史(といっても20世紀以降の近現代の流れ)が綴られる。精神分析というジャンル自体の新しさが、権威を固定化せず、気鋭の出現を促した。この分野の進化・発展のプロセスを垣間見るような内容だ。
このようにして、一九五〇年代のイギリスでは逆転移を積極的に扱う新たな流れが生まれた。(中略)重要なのは、この転回が、グループを率いる権威に対する、次世代の分析家たちの挑戦をつうじて成し遂げられたという事実である。他の集団的な営みと同様、精神分析においても、新しい考えや実践を生み出すのは、先行世代が作った枠組みを問い直し、そこから自身を引き離すことができた者だけである。精神分析運動の歴史は、このような権威からの独立の歴史でもあるのだ。
フロイトが大きく前進させた精神分析・精神医療は、後続の研究者/医療従事者たちによって、現在も発展を続けている。だが、単純な一方向に進んだわけではなく、複雑な分岐も避けがたく起こった。その過程も興味深い。
本書がこれまで辿ってきたように、精神分析は多様な見方・考え方を生み出してきた。だがその一方で、この多様化が組織の分断を生んできたのも事実である。
本書後半では、精神分析という専門分野の広大な領域、医療行為としての可能性の大きさも改めて示される。性的虐待の救済、退行状態への対応、割りきれない感情を“成熟のひとつの達成”とみる態度、などなど……まさしく人間心理の深淵に触れるような“医療のあり方”が数多く紹介される。医学の進歩が最も如実に、しかも現在進行形に近いかたちで見られるのが、この分野なのかもしれない……そんな思いも抱かせる一冊である。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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