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2026.08.24

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近未来、海面上昇で日本の大都市は沈むのか──いま南極で起きている変化がもたらすもの

すべてが融ければ海面は58メートル上昇

「酷暑日」なんて言葉をニュースで頻繁に見聞きするこのタイミングに出版されたブルーバックスの『南極の氷から探る地球大変動 氷床融解の連鎖はいつ、どのように起こるのか』は、ちょっと涼しい気分を味わいたいなと安易に考えた私のような人間のことも大いに楽しませてくれ、さらに「まだわからないこと」と「今わかっていること」の間に広がる未来にゾクッとくる本だった。

プロローグはこんな“フィクション”だ。舞台は100年以上先の九十九里海岸。
2XXX年、グリーンランドや南極の氷床が急激に融解を始めて以降、世界の風景は少しずつ変わっていった。
房総半島はいまや本州からほぼ切り離された島となった。
(中略)
南極氷床は地球最大の淡水の貯蔵庫である。もしその氷がすべて融ければ、世界の海面は約58メートルも上昇する。(中略)海面が5メートル上昇しただけでも、冒頭に描いたように房総半島はほぼ島となる。
このフィクションについて「土台となっている科学的データは、紛れもない現実」だと本書の著者である菅沼悠介先生は語る。つまりフィクションだが荒唐無稽ではない。
南極沿岸では、海氷の縮小が、棚氷融解の加速と地球規模の海洋循環の弱まりを同時に引き起こし得るのである。南極の海氷の縮小が重要なのは、単に「氷が減る」からではない。それが、氷床を縁から支える棚氷と、地球規模の海洋循環の両方に影響するためである。
地質学と古環境学、そして古地磁気学を専門とする菅沼先生は、これまで7回の南極調査と2回の北極調査を実施。南極氷床上でのキャンプは150日以上だという。本書は南極の姿とともに、地層研究や南極海洋研究のおもしろさを味わえる。なにせ9000年前の南極で起こった大きな変化も、研究者たちの調査によって明らかになっているのだから。地球のダイナミックな仕組みに触れられて、最初から最後までワクワクしっぱなしで読んだ。

200年前までは「地図の空白」だった南極

「第1章 融解する南極氷床——動き出した氷の大陸」で、読者である私たちは南極がどんな世界であるかを学ぶ。北極が「陸に囲まれた海」であるなら、南極は「海に囲まれた大陸」だ。
南極氷床は、ただ静かに横たわる氷の塊ではない。降雪によって作られた氷床は、絶えず沿岸へ向かって流動し、場所によっては棚氷に支えられながら、海と接するところで失われていく。こうしてこの巨大な氷の大陸は均衡を保ってきたのである。
そして現在、この均衡が静かに崩れ始めている場所がある。
「均衡が崩れ始めている」ことに加え、そもそもどのような仕組みで南極の氷が増減するのか、そして「南極の氷の増減」を観測するさまざまな方法がわかりやすく紹介される。
(図1-5)周極深層水による氷床底面や棚氷の融解
(図1-5)周極深層水による氷床底面や棚氷の融解
暖かい周極深層水が海底地形を乗り越えて棚氷の下に潜
り込み、氷床の根元を直接融かす。棚氷は薄くなり、棚
氷の崩壊などが引き起こされる(図版作成 菅沼悠介)
私たちが暮らす日本のように「雪が積もった翌日に、日当たりのいい場所から雪がどんどん減っていく」なんてことは南極では起こらない。南極の氷床を融かすのは太陽ではなく海水だ。そしてイラストで見ると、例えば「棚氷は薄いな」と感じるかもしれないが、実際の棚氷は大きいものだと50メートルの高さなのだという。

ところで、本書は未知の世界に挑む冒険者と科学者たちの記録としても胸が躍る本だ。南極発見の歴史をたどる「第2章 世界の果てには何があるのか——未知の南方大陸と極点到達レース」から、最新の研究や考察が述べられる最終章「第9章 南極と地球の今と未来」や巻末付録の「南極調査 バックストーリー」まで、その楽しさは続く。

「ハレー彗星」で知られるエドモンド・ハレーが、1700年に当時は温暖な場所だろうと予想されていた南の海を航海し、「南の海は凍るほどに寒い」と観測したことに始まり、1800年代の南極大陸の発見、続く南極点への到達レースが紹介される。やがて南極は冒険の対象から研究対象へと変わるが、それでも「知りたい」と思う人間が命がけで挑み続ける特別な大陸であることは今も変わらない。

ということで、菅沼先生の研究への熱意も本書のあちこちで生々しく語られる。個人的にとても好きだったのはこちらの話だ。
「『しらせ』を使って、リュツォ・ホルム湾の海底を掘れませんかね」
(中略)
このとき私は、南極氷床後退のメカニズムを探るためには、海底の堆積物を調べることが不可欠だと考えていた。
(中略)
しかし、「しらせ」は昭和基地への物資輸送や、多分野にわたる海洋観測を担う船である。海底堆積物を採取するためだけに、航路や作業時間を自由に確保できるわけではない。実際に海底の堆積物を採るには、他分野の観測との調整、船の運航計画や海氷状況の把握など、一つ一つ乗り越える必要があった。言ってみれば、南極海洋研究という分野への殴り込みだった。
ちょうどその頃、絶好の機会が訪れる。
(中略)
これは千載一遇のチャンスだった。私たちは学会やプロジェクトの研究集会のたびに海洋分野の研究者たちをつかまえては、「南極大陸沿岸の海底を掘ることの重要性」を語り続けた。懇親会や、夜の温泉に入りながら議論することもあった。
このエピソードを読んだあとにリュツォ・ホルム湾で採取した海底堆積物(海底コア)のCT画像や、その解析で明らかになったことを知ると、しみじみ胸が熱くなる。

「地球温暖化の影響で、今後の南極氷床はどう変わるか」という問題は、本書の大切なテーマとして中心に置かれている。ではその「今後」を知るために必要なことは何なのか。本書は科学的な視点で「今後」に迫るが、それはつまり研究者たちの熱意と工夫と執念が、南極大陸を「未知の存在」から「未来のヒント」に変えていくさまでもある。例えば地層掘削技術ひとつとっても、工夫と改良を重ねて現在の南極研究につながっていることが語られる。とても熱い本だと思う。

未来を知るために過去を知る

菅沼先生の専門分野である地質学や古環境学、古地磁気学は、過去を解き明かす学問だ。氷床を掘削して得る「アイスコア」と呼ばれる試料や、地層は、気候変動のサイクルを復元し過去を解き明かす「タイムカプセル」として重要な役目を果たす。
海底堆積物は、地球規模の変動を長い時間スケールで記録する、極めて優れたアーカイブとなったのだ。
一方、過去の大気組成を直接的に、しかも高い時間分解能で記録しているものがある。それが、氷である。
取り出した氷は真空中で砕いたり融かしたりすることで、中に閉じ込められていた空気が取り出される。こうして、はるか昔の大気——二酸化炭素やメタンといった大気成分の濃度を直接測定することが可能になった。(中略)
ボストークアイスコアから得られたデータは、予想を超えるほどダイナミックでありながら、驚くほど規則的な変化を示していた。
南極で採取されたアイスコアから、過去(16万年から始まって現在は約80万年まで!)の大気組成が復元され、地球の周期と二酸化炭素濃度の変動リズムが一致していることが研究で明らかになる。この気候変動と二酸化炭素濃度のグラフは実際に本書で見てもらいたい。おもしろいくらいシンクロしていてゾクゾクする。

さて、サイクルがあるということは、地球温暖化と二酸化炭素削減が叫ばれて久しい現在と、その先に待つ世界も、その大きな波に含まれているのだろうか。
約460万年前から300万年前にかけて、現在よりも温暖な気候が続いていた鮮新世(せんしんせい)の温暖期が見えてくる。(中略)
この地球全体が暖かかった鮮新世の二酸化炭素濃度は、どのくらいだったのだろうか。
アイスコアの記録が届かないこの時代については、過去の大気を直接分析することはできない。そこで手がかりとなるのが、海底堆積物に含まれる「アルケノン」と呼ばれる有機化合物である。
(中略)海底堆積物の中に保存されたアルケノンを分析すれば、当時の大気中二酸化炭素濃度を間接的に復元することができるのである。
こんなふうに謎を解き明かす手がかりが現れては、また次の謎が現れ、やがて地球環境の変化と南極氷床融解のメカニズムとが重なり合っていく。知ることのおもしろさと、未来を知るために過去を読み解く大切さを堪能できる本だ。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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