すべてが融ければ海面は58メートル上昇
プロローグはこんな“フィクション”だ。舞台は100年以上先の九十九里海岸。
2XXX年、グリーンランドや南極の氷床が急激に融解を始めて以降、世界の風景は少しずつ変わっていった。
房総半島はいまや本州からほぼ切り離された島となった。(中略)
南極氷床は地球最大の淡水の貯蔵庫である。もしその氷がすべて融ければ、世界の海面は約58メートルも上昇する。(中略)海面が5メートル上昇しただけでも、冒頭に描いたように房総半島はほぼ島となる。
南極沿岸では、海氷の縮小が、棚氷融解の加速と地球規模の海洋循環の弱まりを同時に引き起こし得るのである。南極の海氷の縮小が重要なのは、単に「氷が減る」からではない。それが、氷床を縁から支える棚氷と、地球規模の海洋循環の両方に影響するためである。
200年前までは「地図の空白」だった南極
南極氷床は、ただ静かに横たわる氷の塊ではない。降雪によって作られた氷床は、絶えず沿岸へ向かって流動し、場所によっては棚氷に支えられながら、海と接するところで失われていく。こうしてこの巨大な氷の大陸は均衡を保ってきたのである。
そして現在、この均衡が静かに崩れ始めている場所がある。
り込み、氷床の根元を直接融かす。棚氷は薄くなり、棚
氷の崩壊などが引き起こされる(図版作成 菅沼悠介)
ところで、本書は未知の世界に挑む冒険者と科学者たちの記録としても胸が躍る本だ。南極発見の歴史をたどる「第2章 世界の果てには何があるのか——未知の南方大陸と極点到達レース」から、最新の研究や考察が述べられる最終章「第9章 南極と地球の今と未来」や巻末付録の「南極調査 バックストーリー」まで、その楽しさは続く。
「ハレー彗星」で知られるエドモンド・ハレーが、1700年に当時は温暖な場所だろうと予想されていた南の海を航海し、「南の海は凍るほどに寒い」と観測したことに始まり、1800年代の南極大陸の発見、続く南極点への到達レースが紹介される。やがて南極は冒険の対象から研究対象へと変わるが、それでも「知りたい」と思う人間が命がけで挑み続ける特別な大陸であることは今も変わらない。
ということで、菅沼先生の研究への熱意も本書のあちこちで生々しく語られる。個人的にとても好きだったのはこちらの話だ。
「『しらせ』を使って、リュツォ・ホルム湾の海底を掘れませんかね」
(中略)
このとき私は、南極氷床後退のメカニズムを探るためには、海底の堆積物を調べることが不可欠だと考えていた。
(中略)
しかし、「しらせ」は昭和基地への物資輸送や、多分野にわたる海洋観測を担う船である。海底堆積物を採取するためだけに、航路や作業時間を自由に確保できるわけではない。実際に海底の堆積物を採るには、他分野の観測との調整、船の運航計画や海氷状況の把握など、一つ一つ乗り越える必要があった。言ってみれば、南極海洋研究という分野への殴り込みだった。
ちょうどその頃、絶好の機会が訪れる。(中略)
これは千載一遇のチャンスだった。私たちは学会やプロジェクトの研究集会のたびに海洋分野の研究者たちをつかまえては、「南極大陸沿岸の海底を掘ることの重要性」を語り続けた。懇親会や、夜の温泉に入りながら議論することもあった。
「地球温暖化の影響で、今後の南極氷床はどう変わるか」という問題は、本書の大切なテーマとして中心に置かれている。ではその「今後」を知るために必要なことは何なのか。本書は科学的な視点で「今後」に迫るが、それはつまり研究者たちの熱意と工夫と執念が、南極大陸を「未知の存在」から「未来のヒント」に変えていくさまでもある。例えば地層掘削技術ひとつとっても、工夫と改良を重ねて現在の南極研究につながっていることが語られる。とても熱い本だと思う。
未来を知るために過去を知る
海底堆積物は、地球規模の変動を長い時間スケールで記録する、極めて優れたアーカイブとなったのだ。
一方、過去の大気組成を直接的に、しかも高い時間分解能で記録しているものがある。それが、氷である。
取り出した氷は真空中で砕いたり融かしたりすることで、中に閉じ込められていた空気が取り出される。こうして、はるか昔の大気——二酸化炭素やメタンといった大気成分の濃度を直接測定することが可能になった。(中略)
ボストークアイスコアから得られたデータは、予想を超えるほどダイナミックでありながら、驚くほど規則的な変化を示していた。
さて、サイクルがあるということは、地球温暖化と二酸化炭素削減が叫ばれて久しい現在と、その先に待つ世界も、その大きな波に含まれているのだろうか。
約460万年前から300万年前にかけて、現在よりも温暖な気候が続いていた鮮新世(せんしんせい)の温暖期が見えてくる。(中略)
この地球全体が暖かかった鮮新世の二酸化炭素濃度は、どのくらいだったのだろうか。
アイスコアの記録が届かないこの時代については、過去の大気を直接分析することはできない。そこで手がかりとなるのが、海底堆積物に含まれる「アルケノン」と呼ばれる有機化合物である。(中略)海底堆積物の中に保存されたアルケノンを分析すれば、当時の大気中二酸化炭素濃度を間接的に復元することができるのである。








