かつて飛行機に乗るたび、地味に楽しんでいたことがある。それはシートに備え付けられたモニターで、リアルタイムの位置とフライト速度を見続けることだった。地図でしか知らなかった場所を、地上では目にすることのない速さで飛んでいく。そしてある瞬間から速度がぐんっと上がると、「風に乗った」と一目でわかる。特に自分が住んでいる場所より西側の地域から帰ってくる時は、それが授業で習った「偏西風」であろうと推測できて、より面白かった。
さて本書はタイトルの通り、地球全体としての大きな空気の流れ、すなわち「地球規模の大気の大循環」に焦点を当てている。中でも主軸が置かれるのは私たちが暮らす大気の層であり、地上から高度数十キロメートルに位置する「対流圏」内での大循環だ。
地球規模の壮大なスケールの大気循環は、この地球の気候を決める最大の要因になっている。
日本からはるか南に離れた赤道近くの島々は、いつも暑くて湿度も高い。だが、赤道からすこしだけ北に離れた地域には、サハラ砂漠を始めとする乾燥した一帯が広がっている。日本は温暖で暮らしやすい。北極や南極は寒い。こうなるように、地球の大気は流れている。
大気の大循環を知ることは、そのまま地球の気候や気象を知ることに繋がっている。全6章からなる本書では、大循環の仕組みからそのエネルギー源となる熱の話、気圧と風の関係、偏西風とコリオリの力、そして中緯度の地域で見られる特徴的な波動(ロスビー波)などについて取り上げている。ちなみに著者は本書の狙いを、
この本であきらかにしたいことはふたつある。ひとつは「なぜ大気は流れるのかという点」。もうひとつは「なぜ大気は、このようなパターンで流れるのかという点」だ。このふたつについて、その背景にある物理を確認しながら説明するのが、この本の目的だ。
と語っているが、この言葉のとおり、各章では一つ一つの単語や事象を丁寧に定義しながら、背景にひそむ物理の原理をしっかりと明らかにしていく。その流れは驚くほど懇切丁寧で、読みやすい。その上、イラストや図版、天気図もふんだんに盛り込まれているため、想像力が足りなくなりそうな時にはそれらが視覚的な助けとなって支えてくれた。
著者は東京大学理学部地球物理学科を卒業後、同大大学院で海洋物理学を専攻。博士課程を中退したのち、1985年に読売新聞社へ入社した。科学記事を執筆するかたわら、2010年には科学報道の研究により、東京工業大学で博士(学術)を取得した。その後、東京大学海洋アライアンスを経て、現在は東京大学大学院新領域創成科学研究科/同大気海洋研究所特任教授を務めるサイエンスライターであり、気象予報士でもある。
勝手ながら「気象学」というのは、「地理」や「地学」のイメージが強かった。しかし本書を読み進めていくと、気象の仕組み自体は「物理」を知ることで説明できることがよくわかった。以前の私が機上で体感した風が、どういう仕組みで生まれ、流れるのかも、改めて知ることができた。物理をベースにしながら、「数式がほとんど登場しない」という点でも読みやすい本書。日々の天気や気候を知るための、ひとつの入り口としてほしい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。