水は生命誕生の礎となり、地球という星そのものに独自の生命活動を与えた――本書はその起源から現在までの役割、さらに未来の可能性までを網羅した1冊だ。その結論として「いつかすべての海水が地球の内側に吸い込まれてしまうだろう」と言われたら、あなたは平静でいられるだろうか?
惑星の一生という意味では、これまでずっと海があり続けたのが不思議なくらいです。地球のとなりにある火星では、過去にあったとされる海は消えてなくなり、現在は乾燥した大地が広がっています。そのため、火星の地表に生命は見当たりません。将来的に地球から海がなくなってしまったら、生命はそこで途絶え、地球はハビタブルな惑星ではなくなるのでしょう。それがいつ来るのか、近い未来というわけではありませんが、そのような時代はいずれ必ず訪れます。それまでにどれくらいの猶予があるのか、私たちにできることはあるのか、地球で起きているシステムを知ることがその手がかりとなります。
本書前半では、地球の誕生、そして原初の水が発生したプロセスが語られるとともに、いかにして地球が太陽系の他の惑星と一線を画したか――「循環」というシステムを得て、宇宙でも稀有な「生きた星」として成立するに至った道のりも解き明かされていく。それは数億年という壮大な時間のなかで、大陸変動や氷河期の到来といったダイナミックな変化をももたらし、結果的に生物の多様化も促した。その運動は、人体における新陳代謝のプロセスにもどこか似ている。「ミクロはマクロに相通じる」という言葉も思い浮かべるが、時間的・空間的スケールの大きさはケタ違いだ。
本書では水を介した地球や生命の運動がいくつも紹介されるが、その一例が「炭素循環」。これは光合成や食物連鎖のシステムの一環としてイメージしている人が多いかもしれないが、実は炭素を溶かしやすい水(海)も大きな役割を果たしている。
地球表層で液体の水が存在できるように気候が調整されてきたのは、グローバルな炭素循環があるおかげです。炭素は、大気、海洋、堆積物、そして生物の間を、形を変えながら移動していきます。そのため、大気中の二酸化炭素の濃度は常に一定ではなく、入れ替わり変動しています。地球表層には主に5つの炭素リザーバーが存在し、そのなかでも水には多くの炭素が溶け込むため、海洋は地球表層における炭素の最大のリザーバーとなっています。
地球内部を含む炭素循環には、プレートテクトニクスが必要不可欠です。もしプレートテクトニクスがなかったら、鉱物にトラップされた炭素はそのまま地表にとどまり、大気中の二酸化炭素は減り続ける一方だったでしょう。地表に液体の水があったとしても、プレートテクトニクスによる物質循環がなければ気候は安定せず、液体の水はすべて凍ってしまうか干上がってしまいます。そして、プレートテクトニクスのはじまりにはプレートを冷やしたり、マントルの流動性を高めたりする「水」が必要なのです。両方の歯車がうまく嚙み合ったおかげで、地球では表層に液体の水=海がこれまでずっとあるのです。
私たちの計算によると、地球内部への水の流入量の増加は10%や20%どころではありませんでした。従来の想定のなんと5倍もの水が地球内部に取り込まれているという結果になったのです。これだと、6億年くらいで海がすべてなくなってしまう計算になります。
それより先に、人類は猛スピードで進行している環境破壊をまず食い止めなければならない、と本書は指摘する。こちらは地球の大いなる循環システムを明らかに逸脱しており、自分たちの力で何とかしなければ破滅は免れない状況にあるという。読み進めるほどに、地球の長い歴史においては、いわば人類の存在自体が「不測のエラー」なのではないかとも思えてくる。
水と大気と地殻の運動によって「奇跡の星」たりえてきた地球。その見事な循環システムを、こうして解き明かした人類自身の手によって、愚かにもとどめを刺すようなことは絶対に避けたい――そんな切実な危機感を抱かせると同時に、ロマンティックな想像も本書は芽生えさせてくれる。地球と同じような条件が揃うことは、ほかの天体にも不可能ではないということだ(つまりそれは「奇跡」ではない)。実際、いまは高温の砂漠状態である火星の地表にも、海や水が存在した痕跡が残っている。それは未来の地球の姿なのか、それとも宇宙に広がる可能性の証明か。その判断は読者に委ねられている。