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2024.02.27

レビュー

地球という熱機関は巨大な循環を駆動している──新視点から描く地球科学入門!

この星で、一体何が起きているのか――世界各地で相次ぐ戦乱、政治腐敗、企業の暴走といった話ではない。それはそれで大問題ではあるけれども、本書で語られるのは、地球誕生から46億年かけて形成された壮大な循環システムのことである。それは現在も、凄まじい高温と低温の温度差のなかで、硬い岩や大量の水、大気を巻き込みながらダイナミックに蠢いている。

地球がいかにして生まれ、どんな物質で構成され、どのように生きて(循環して)いるのか。本書はその全容を、物質科学の基礎知識を読者に授けながら、さまざまな具体的数値やグラフを散りばめつつ解説していく。なかには難しい単語や数式なども出てくるので、学生時代の五里霧中状態がフラッシュバックする読者もいるかもしれない。でも、NHKの番組『ブラタモリ』によく出てくるプレートや地質などの名称に慣れ親しんでいれば、興味深く読み進められるだろう。

決して難解な内容ではない。文章はつとめて平易で、なおかつ学校の教科書どおりの授業よりも一歩進んだ専門性も示してくれる。たとえば、地球上で最も重要な物質といえる「水」についての解説はこんな感じ。

地球にある多量の水が、地球の運命を決めたと言えるでしょう。水は地球内部の物質の粘性を低くして地球内部の対流を促進させました。この地球内部の対流が地表の物質を循環させました。その結果、地表の物質は熱い場所や冷たい場所を循環するようになりました。そして、熱い場所や冷たい場所でそれぞれ安定になるように反応したのです。また、水は物質を溶かして移動させたり、物質の反応を加速させたりします。この結果、地球には大陸ができ、生命が誕生し、鉄や銅などの資源が濃集したのです。地球の物質大循環には、揮発性物質である「水」の存在が大きくかかわっているのです。

宇宙空間に地球という星が形成され、高温のなかで大量の水が発生し、無の世界から生命が誕生する。その過程はまさに奇跡のような偶然の連続による産物だ。そのうえで地球は“生きた循環システム”を獲得し、ほかの太陽系惑星とは異なる生命の繁栄、豊かな環境や資源に恵まれるようになった。しかし、決して「ありえない」現象ではないことを、本書は数多くの実験・研究成果をもとに理論的に解説する。例えば第5章「物質循環の中の生命の誕生」では、下記のようなトピックが立てられ、実証されていく。

「初期地球に有機物ができた謎」では、生物がいない状態で、どのように有機物ができたかを考えてみます。地球に生命が誕生するためには、生命がいない状態で、タンパク質、炭水化物、核酸などの有機物ができなければなりません。ここでは、生命のいない地球で、タンパク質の原料となるアミノ酸がどのようにできたかを考えます。

逆に、同じ太陽系にあるほかの星々が、なぜ地球と違って“死んだ星”になったのかも語られ、興味深い。いろいろ夢見たい読者にとっては容赦ない結論も示されるが、その知識の裏打ちを得たうえでSFを夢想することは不可能ではない。

最近、地球外生命が注目されています。特に、火星に生命がいるのではないかという期待が高まっています。それは火星の地下に水があるからです。しかし、水があることは生命が存在するための十分条件ではありません。火星に化学合成独立栄養生物が存在するには、環境が非平衡状態である必要があります。非平衡状態を実現するためには、物質が高温状態と低温状態を循環していることが必要です。現在の火星では物質が循環していないので、少なくともここで議論したような化学合成独立栄養生物が存在することはないと考えます。

現在の地球の成り立ちについて語るとき、わりと「神秘」や「奇跡」や「偶然」のほうに引っ張られがちな本が多い気がするが、本書のアプローチはなかなか珍しいかもしれない。著者曰く、本書のコンセプトは「物質科学を基礎にして、地球で起きている現象を考察した書」。もともと地球科学とは無縁だったという著者は、大学・大学院時代は量子力学や理論結晶学を学び、その後は地質調査所でさまざまな物質科学の実験的・理論的研究に取り組みながら、徐々に地球科学に興味を持ち始めたのだとか。ゆえに、ワンダーを感じたい読者にとっては面食らう内容かもしれないが、逆にその徹底的な硬質さは、新鮮に味わえるのではないだろうか。

繰り返しになるが、硬質=難解というわけではない。ふんだんに散りばめられた数々のグラフや図版が、その理解の手助けをしてくれる。たとえば第6章「二酸化炭素と大陸地殻」では、生命にとっても鉱物にとっても重要な物質である二酸化炭素の循環システムが、ふたつの時代に分けて、分かりやすく視覚化されている。

約4億7000万年前に植物が大陸に進出しました。図6-12に植物上陸前と植物上陸後の炭素循環の図を載せました。植物上陸前と植物上陸後では、火山から噴出した二酸化炭素が大陸と海に分配される量が異なることがわかります。

また、第8章「親銅元素とウランの循環」における、大陸地殻の花崗岩から推測されるイオウの循環を示した図もまた、地球のダイナミックな物質大循環のシステムを明解に教えてくれる。

粘土という、これまた独特の性質を持つ物質についての解説も興味深い。受け売り的に説明すると、地球科学における粘土とは、地表や海底のような低温の場所で沈殿した極微細な鉱物の集合体を指す。その性質を決めるのは粘土に含まれる層状ケイ酸塩粘土鉱物であるとされてきたが、近年では、小さくて見落とされがちな存在だった非晶質ナノ粒子に「最も重要な性質である可塑性の原因」があると見られている――という解説とともに下記のような概念図も示され、これなら非常にわかりやすい。

国際粘土学会(ヨーロッパ)と粘土鉱物学会(米国)の合同委員会において、粘土鉱物を定義しています。「粘土鉱物とは、粘土に可塑性を与え、燃焼時の乾燥で固まる層状ケイ酸塩粘土鉱物およびその他の鉱物を指す」。この定義からは、非晶質ナノ粒子は粘土鉱物でないことになります。非晶質物質は鉱物ではないからです。また、層状ケイ酸塩粘土鉱物は、可塑性をあたえていないので、粘土鉱物ではないことになります。どうやら、粘土鉱物の定義自体を変更する必要があるのかもしれません。

こうした近年の最新研究による発見についても、本書では随所で取り上げられている。学業から遠ざかって久しい自身の知識にも“生きた循環”をもたらしたい人には、おすすめの一冊だ。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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