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2023.10.07

レビュー

約2億150万年前、生物が一斉に姿を消した。現在の地球にも現れつつある共通の異変!

縮みゆく生物

『大量絶滅はなぜ起きるのか』というタイトルから、恐竜が絶滅した白亜紀末の隕石衝突説を期待されるかもしれないが、本書はそれではない。実は、地球の歴史上で大量絶滅は5回も起きていて、「ビッグファイブ」と総称される。本書で取り上げるのは、白亜紀からジュラ紀を挟んでもうひとつ前の地質時代区分、三畳紀の末期に起きた大量絶滅だ。当時は、中生代のスター・恐竜はまだ影の薄い存在で、アンモナイトや二枚貝など海生生物が主役だった(それより、大陸がひとつだった超大陸パンゲアの時代と言った方がわかりやすいかもしれない)。

この時代を地味だと思うことなかれ。実に80%の種が絶滅したという三畳紀末の大量絶滅は、いかに起きたのか? そのミステリーを解こうとするのが本書だ。

ミステリー1。
三畳紀のある時期から、二枚貝やアンモナイトなど沿岸に生息する動物の多くが小型化しはじめ、やがて絶滅する。第1章でいくつかの例が示されるのだが、メガロドンという二枚貝の話が面白い。

スパラジョ山(*)のメガロドンは、最大で四〇センチもある。三畳紀レーティアン(**)の個体としては大型だ。ところがレーティアンの末期に差しかかると、突如として小型化し、一〇センチ以下の個体がほとんどとなる。

(*)スパラジョ山=イタリア・シチリア島の西部にそびえる山
(**)レーティアン=三畳紀の最後(2億136万年前)から約500万年間の地質時代区分

たとえ万単位の年月をかけたとしても、同一の生物種のサイズが4分の1になることなどあるだろうか? 哺乳類で考えるのは強引かもしれないが、人間の身長が50センチ以下になり、猫がネズミサイズになって絶滅する。そんなに小さくなる前に絶滅しそうだ。その信じられないような変化が三畳紀の海のなかで、多くの種に起こったのだ。著者はそんな世界を「スモールワールド」と呼んでいる。

ミステリー2。
あやしいヤツが多すぎ。
ロッキー山脈東端のブラックベアリッジでは、約80センチの黒い三畳紀末の地層を見ることができる。この地層から、三つの地球環境の激変が読み取れる。
ひとつは「海退」。海水準の低下(陸地が上昇する場合もある)によって、海外線が後退し、陸地が拡大する現象だ。

寒冷な時代には、水が極地の陸上に氷として固定されるため、そのぶん海水の量が減る。結果として、海退が発生するのである。

もうひとつは「海洋酸性化」だ。この時期、地球規模で石灰岩の堆積が同時に中断する。これは海洋酸性化が進み、生物による炭酸カルシウムの形成が阻害されたからだと考えられる。それはなぜか? なんらかの理由で、大気中の二酸化炭素が増えたからだろう。
最後は「無酸素化」。三畳紀の海は温暖で、北極・南極から赤道までの気温の勾配が緩やかだった。そうなると、海の冷たくて重い表層水の沈み込みが弱くなる。放置した風呂のように、上は暖かく下は冷たい海が出現し、底層水に酸素が行き渡らなくなる。これが無酸素化だ。

どれも大量絶滅を引き起こす要因になりそうだ。ここで三畳紀末ではなく、ひとつ前の「ペルム紀末の大量絶滅」についてだが、ある古生物学者の仮説が紹介される。

アーウィンは、九六パーセントの種が絶滅したペルム紀末の大量絶滅(二億五二〇〇万年前)について、火山噴火、海洋の無酸素化、酸性雨、気候変動、海底からの大量のメタン放出など、多くの原因が複合的に影響をおよぼしたと考えている。そしてこれを、アガサ・クリスティのミステリー小説にちなんで、「オリエント急行の殺人仮説」と名づけたのである。

うまい! それに乗った!
複数の原因で生物は小型化し、絶滅したことにしよう……でいいのか?
それでは真犯人を見逃していないか?

蒸し焼きにされる大陸

ここで最初に三畳紀について書いたことを思い出していただきたい。三畳紀は超大陸パンゲアの時代だ。この超大陸の真ん中、南北アメリカとアフリカの接合部分あたりで地球史上最大級の火成活動(*)が起こったことが判明する。

(*)マグマが地表に噴出したり、地殻内に貫入したりすること。それに伴う諸現象を含めて火成活動という。

このCAMP(中央大西洋マグマ地域)と呼ばれる一帯から放出された、二酸化炭素などの火山ガスが気候変動を引き起こしたのではないか? ブラックベアリッジで見つかった三つの異変はすべて、この火成活動に起因するのかもしれない。

しかし、大量絶滅と火成活動の時期がズレているという指摘や、小惑星衝突が起きたという説も出てくるのだが、その後この話は決着する。CAMPでの火成活動の調査を、地上に噴出した溶岩から、地下で冷えて固まった貫入岩まで広げると、時期が大量絶滅と重なったのだ。

マグマの貫入が地下で大規模に起こったブラジルのアマゾン盆地は、日本の国土面積のおよそ二倍(七五万平方キロメートル)の面積をもつ。この盆地には、地層の厚さが四五〇〇メートルもある古生代の黒色頁岩が堆積している。この黒色頁岩は、ブラジル最大の石油資源をふくむ。
もしこの黒色頁岩がCAMPのマグマにより加熱されると、ふくまれる有機物から大量に二酸化炭素や炭化水素が発生して地上へ噴出する。

映画の金田一耕助シリーズに登場する等々力警部なら、ここで「よし、わかった! 犯人は蒸し焼きにされたアマゾン盆地」と手を叩くだろう。しかし、世界の科学者はそう簡単に納得しない。
「それはそうとして、こちらのデータでは筋が通らないのでは?」
「いや、この追加要因もあるのではないか?」
そうやって地球規模のミステリーを、ひとつずつ解き明かしていく。

本書を読んで感じたことは「思いのほか地球は饒舌(じょうぜつ)だ」ということだ。ときに科学者をミスリードするような「引っ掛け」を用意しつつも、すべての変化は地層と、そこに含まれる鉱物、化石などに記録されている。
その変化は、人間が思うようなバランスや、持続可能ななんちゃら、といった“なまやさしい”ものなど軽く吹き飛ばす、地球環境や生態系をご破産にするような強烈なものだ。それが何万年~何十万年にわたって続くのだ。そこからなにかを学び、来るかもしれない(もう始まっているかもしれない)第6回目の大量絶滅を考えるなら、本書の第9章「境界」を読むことをおすすめする。

さて三畳紀末の大量絶滅ミステリーは、まだ空白が多い。すでに明らかになった大地の変化を、誰も具体的かつ説得力をもって説明し切れていない。本書の著者は、「ここからは限られたデータからの推論」と断り、第8章「限界」を書く。立脚すべきデータに乏しく、科学的姿勢からも逸脱することを承知のうえで、説明し切ろうとする。
キーワードは「熱中症」だ。観測史上最も暑かった今年の夏。さんざん注意を促された熱中症の要因である「温度」と「湿度」から、この地球規模のミステリーを解こうとする。正解か不正解か、素人の私にはわからない。が、面白かった!

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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