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2026.08.07

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なぜ金融の勝者はいつも同じ顔ぶれなのか。幾多の危機を生き延びてきた者たちに共通する思考法

理論を信じる自分を疑え!

ジョージ・ソロス、J・P・モルガン、ウォーレン・バフェット……。書店の金融・投資コーナーに行けば本棚一棹じゃきかないほど、彼ら“巨人”の本が溢れかえっている。本書の目次にも彼らの名前が並んでいるが、彼らの投資術を学べるわけではない。あと、これから値上がりする株の銘柄も分からない。円高はどこまで進むか? 日銀の利上げは? 国債は? そういうものも分からないが、それ以上のものが得られる一冊だ。
市場は理論通りには動きません。にもかかわらず、「理論通りに動くはずだ」と考える人が、いまも市場に集まり続けています。その違和感こそが、本書の出発点です。
本書は、読者を安心させるために書かれた本ではありません。希望を与えることも目的にしていません。市場を美しく説明するつもりもありません。ただ、なぜ金融の世界では、同じような人たちが、何度も勝ち残り、同じような人たちが、何度も市場から姿を消すのか。その理由を淡々と並べていきます。
その過程のなかで、およそ人が理解し尽くすことも、コントロールすることもできない「金融市場」を、どういう“前提”で見るべきなのかを提示してくれる。“前提”とは、つまり視点だ。そこから見える「金融市場」の姿は、驚くほど多面的で、合理的かつ非合理、シンプルで複雑だ。

例えば「市場は理論通りには動かない」という前提。
それは理論が間違っていることを意味しない。ただ理論には、成立するための条件がある。その条件とは「市場が平常時であること」と「市場に参加する人が合理的に判断すること」。もし、あなたが投資信託や株式を持っていて、その値動きに日々心を躍らせたり、沈んだりしているのであれば、「だいたい市場は平常時ではない」ことや、「人が合理的に判断することは稀である」ことに気づいているはずだ。にもかかわらず、あなたはまだ理論にすがる。
なぜか?
理論を信じていれば「自分は間違っていない」と思えるからだ。
「自分自身」は、本当に合理的なのか。この問いに立ち止まれる人は、驚くほど少ない。
理論は市場を理解するための道具にすぎないのに、人はそれを信仰のように扱い、正しいと信じ込んで視野を失っていく。その裏側にあるのは恐怖や欲望、後悔、焦り、そしてなにより「自分だけが間違っているのではないか」という不安だ。
(相場を動かしているのは)感情という、最も不安定で、最も制御しにくい要素が、価格という形をとって表面化している。それが相場です。
相場とは、人が何を恐れ、何を信じ、どこで自分を見失うのかを、結果として示し続ける装置です。
理論は市場のすべてを説明できない。
00年代以降のノーベル経済学受賞者に、行動経済学の研究者が目立つのは、それまで説明できなかった市場を言語化したことへの評価なのだろう。

市場は感情に動かされる。その一方で、市場はまったく異なる一面を持ち合わせている。
ロシアのウクライナ侵攻、トランプ大統領による関税措置と米中の対立、そしてイラクへの軍事作戦。世界を揺るがす危機に、市場の参加者は驚くほど冷静に判断を下す。その判断基準はふたつ。
●経済活動がどの程度管理され、どこまでが許容されるのか?
●その枠組みが維持されるのか、調整されるのか?
そこでは危機への倫理的な判断は一切切り離される。めちゃくちゃ冷徹。

また、現在の市場は「生成AIが世界を変える」というシナリオをもとに上昇局面にあるけれど、「生成AIが社会を豊かにする/しない」という議論は判断材料から切り離され、
●生成AIは長期的な構造変化をもたらすものか?
●そうではなく、資本移動を正当化する一時的なものか?
市場は、それだけを判断材料とする。
市場が見ているのは、出来事そのものではありません。出来事が既存のルールを壊すのか、補強するのかという一点です。
市場は感情という不確かなものに動かされ、同時にごくシンプルな判断のうちに結果を出す。と、ここまでが本書の冒頭から第1章まで。ページ数にして44ページ。読むのに大した時間はかからないが、読むうちに瞳孔が広がっていく。この視点からの「金融市場」は、あなたにどう見えるだろう?

感情の先にある世界

本書には、もうひとつ大きな視点が提示される。
実は、金融の世界には、歴史的に共有されている思考があります。しかしそれは、日本人にとって自然なものではありません。だから噛み合わない。理解しているつもりでも、どこかがずれている。
余剰生産と交易、物々交換から貨幣へ、需要と供給……、そのなかから金融市場は自然発生的に生まれ、段階的に洗練されて今に至る。それは間違いではない。しかし著者は、市場は「意図的に作られ、繰り返し修正され、管理されてきた仕組み」でもあると指摘する。そのひとつが、国家が信用を背景に資金を集める「国債」という仕組みだ。これを私たちは「国の借金」と理解しているが、著者はこう解説する。
それは、国家が「自分たちは存続する」「自分たちは返済を続けられる」と宣言し、その真偽を市場に委ねる行為です。言い換えれば、国家自身が、市場というルールの中に入ることを選ぶのです。
この仕組みを生み出したのは、ユダヤ・キリスト教文明圏に属する国家と、その金融の中核をになった人々。彼らが重要視したのは善か悪か、正しいか間違っているかではなく、「金融市場が壊れないか」「次の危機でも機能するか」「人間の欲望や恐怖に耐えられるか」そして、「世代を超えて引き継がれるか」を問い続け、修正してきた。
なぜか?
そうでなければ、国家が崩壊するからだ。

これに対して日本人は、歴史的に「和」を重んじ、空気を読み、場を乱すことをよしとせず、社会を安定させてきた。日本人は、そうした価値観を投資の世界に持ち込んでしまう。しかし、市場は協調や納得を目的としていないし、そもそも市場は善か悪か、正しいか間違っているかを問わない。大規模な震災が起きた後に住宅建材関連の株が高騰することに、日本人は眉をしかめるけれど、金融市場の参加者は「なぜそれが問題になるのか?」と首をかしげる。
欧米の投資家が冷酷に見えることがあります。しかしそれは、感情が欠如しているからではありません。あらかじめ、「ここは感情を持ち込まない場所だ」と理解しているだけなのです。
その不可解さの正体は、理解力の差ではありません。見ている地図が違う。立っている座標が違う。ただそれだけのことです。
本書を読んで、咀嚼して、新たな視点を持ったとき、あなたはなにを感じるだろう? 私は「恐怖」を感じた。それは「とんでもない場所に足を踏み入れてしまった」という感覚だ。同時に金融市場の基本的なルールを知り「興奮」も感じた。感情も善悪も倫理も問われない世界は、まるでオープンワールドのゲーム世界ではないか? 次から次へと変化する世界に対して「市場はどこを見て判断するだろう」と考え、「You Dead!」の表示が出る前に次なる一手を模索する。
金融システムにおいて、あなたは「守られる存在」ではありません。同時に、「切り捨てられる存在」でもありません。組み込まれている存在です。
なにかしらの投資をしている人はもちろんのこと、投資をしていない人もまた金融市場と無縁ではいられないこの世界で、本書はプレイヤーを覚醒に導いてくれる。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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