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2026.06.12

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ラピダスという「最後の賭け」の行方は日本半導体「失敗の本質」と経産官僚の新たなる野望

『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』で鮮烈なデビューを飾り、『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』で原発事故対応に当たった東京電力と経産省の内情を明かして高い評価を得、『東芝の悲劇』で巨大企業の転落を、『金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿』で異能の官僚の活躍を描いた大鹿靖明氏が、これまでの作品を凌駕する520ページの大作を出した。
しかも、テーマは「半導体」である。
現在の半導体業界は、アメリカのエヌビディアやイギリスのアームが基本設計をし、オランダASMLの超高性能露光装置を使って、台湾のTSMCが製造するという超寡占産業になっている。
1988年には世界の50.3%を占めた日本の強大な半導体産業が、まるでミッドウェー海戦のように一気に崩壊へと向かう様を、大鹿氏はつぶさに見てきた。
かつての日本にはアイデア、技術があったが、それを使って勝負する、巨額の資金を投入するという「決断」ができなかった。サラリーマン経営者の限界とも言えるし、政府のリーダーシップの欠如という側面もあった。
本書にはその転換点となった場面がいくつも登場する。
(半導体露光装置で世界をリードしていた)ニコンの吉田庄一郎(元会長)は露光装置「ステッパー」のアイデアを、訪ねてきた米国の半導体製造装置メーカーの社長に口をすべらせてしまった。社長は興味を示さなかったように見えたが、その会社がのちにGCAに買収されてしばらくたつと、GCAはステッパーの開発を発表。ニコンは先を越された。
シャープの米田照正専務は、シャープの規格で生産を委ねても、そう簡単に追いつかれることはない、と思っていた。
「設計、テスト、組み立てなど様々な技術があるので、キャッチアップには五、六年かかるのではないか」
日本の半導体メーカーは、台湾発祥の半導体委託製造会社をその程度にしか見ていなかった。
「十数社でやること自体がうまくいかない。しかも各社とも本体に一軍を残して、プロジェクトに出す人は二軍以下のメンバー。うまくいくわけありませんよ」
経産省が主導した「日の丸ファブレス」「日の丸ファウンドリー」をつくる構想を、エルピーダメモリ社長の坂本幸雄は冷ややかに見ていた。
東芝、日立など日本の名門企業は、国家主導の共同プロジェクトにお付き合いはするものの本音では及び腰で、社内のエース級の人材を出さなかったという。結局、「会社の論理」でしか考えていなかったのだ。
その間にアメリカは、インド、台湾をはじめ世界中から集まった人材と、強大な資本力によってテック産業を支配した。
中国、韓国、そして台湾も、明確な国家的意思に基づいて半導体産業を育成している。日本とは「本気度」が違った。

本書を読んでいると、激流のような半導体産業の30年間が見えてくると同時に、日本とは何か、日本人とは何かという思いを抱かせる。
世界の急激な変化に目を閉ざし、東芝や日立といった名門企業のなかでの出世や「協調」に囚われるエリートサラリーマンの姿は、かつての日本軍部の失敗と相似形で、組織論から軍部失敗の深層を捉えた名著『失敗の本質』の半導体版といった印象さえ受ける。

いま、かろうじて存在感を維持している日本の半導体に、ソニーの画像センサーがある。iPhoneをはじめとする先端デバイスに採用され、現在のソニーの経営基盤を支えているが、実はそのソニーの半導体事業も、外部に売却される寸前だった。
「ソニーがカメラやカムコーダーで業界のリーダーとなっているのは、CCDをはじめとするデバイスを持っているからにほかならない」
当時の井原勝美副社長が取締役会で反対の論陣を張り、ストリンガー社長が圧倒されたことで、ソニーの半導体産業は首の皮一枚で売却を免れたのだ。
半導体製造で世界一の売り上げを誇る台湾のTSMCが熊本に工場を次々新設しているのも、ソニーのCCDとの連携を図るという面が大きい。あのとき、井原副社長の熱弁がなければ、日本の半導体産業をめぐる状況はもっと悪かったはずだ。勝負の行方は常に、紙一重なのだ。

経産省の新世代の官僚たちはいま、新興企業ラピダスに日本の半導体産業復活の希望をかける。
数兆円にも及ぶ巨額の財政支援が確実になっているが、そのきっかけになったのは、アメリカの半導体企業の「負け組」インテルが突然、経産省に持ち込んできたある提案だった。
本書では、その知られざる経緯も詳細につづられている。
一挙にTSMCと肩を並べる最先端半導体をつくるという、ラピダスの挑戦の成否はまだ明らかではない。そのカギを握るのは「国家としての意思」なのか、「巨額の投資」なのか、それとも「なんとしてもやり遂げる」という意思なのか。
本書にはその結論めいたものが書かれているわけではないが、ここで明かされる多くのエピソードが、重要な示唆を与えてくれる。「失敗の本質」からいかに立ち上がるかという、重層的、かつ本質的なテーマが詰まっている。

朝日新聞経済部在職中から圧倒的な取材力と巧みな場面描写で知られた筆者は、2026年3月に退職し、本書がノンフィクション作家としてのデビュー作となる。これまでの取材の集大成でもあり、今後の活躍を予感させる、強力な一冊である。

──ノンフィクション出版部 T.A.

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