しかし「宗教」と考えると、急に近寄りがたさを感じることも。キリスト教ほど「知っているようで、実はよく知らない」存在は他にないかもしれません。
そんなキリスト教の輪郭を、1から13までの数字にちなんで解説してくれるのが『キリスト教13の不思議』です。
本書は、キリスト教にまつわる数字を切り口に、どこからでも読めて、知的好奇心を刺激してくれる入門書です。エンタメはもちろん、世界史、地政学……バラバラに見えた世界のパズルが、「キリスト教」をキーにカチッとハマる楽しさを味わうことができます。
キリスト教の「数」を切り口に見えてくるもの
たとえば、「七つの大罪」は漫画やアニメでもおなじみのモチーフ。映画『セブン』は、「大罪に見立てた猟奇殺人」が題材です。しかし本書によれば、傲慢や強欲といったほかの罪と比較すると、「大食」は「大罪」とは少しニュアンスが異なるそう。「宗教上の罪とは言いきれない『食い道楽』に対して、犯人はあんなにも凄惨な死を与えたのか……」。本書の知識のフィルターを通すことで、映画の狂気がまた別の恐ろしさを持って迫ってきます。
また、ホラーの大定番である「一三日の金曜日」など、欧米で13という数字があんなにも不吉とされているのはなぜなのか? その由来の一端はやはりイエス・キリストの「最後の晩餐」にありそうです。そこからキリスト教の発展の歴史において極めて重要な「エルサレムの使徒会議」へと話題は続くのですが、キリスト教を普通宗教にした立役者である「聖パウロ」について
ダマスコのキリスト教徒を縛り上げてエルサレムに連行しようと向かう途中で主の声を聞き、強い光で目が見えなくなり地に倒れ、三日間目が見えなくなった後で「目から鱗が落ちる」という表現のもととなった体験(使徒言行録9)を経て「新しい使徒パウロ」に生まれ変わった男だ。
今の世界を生きるための教養
キリスト教の基礎を知ることは、単なる文化や歴史の学び直しにとどまらず、現代のニュースや地政学的な世界のパワーバランスを読み解くことにもつながります。
たとえば、キリストが受難の際に受けた5つの傷と同じものが肉体に現れる「聖痕」を扱った第5章は、オカルトや不思議話としても興味深く読めますが、極限の思い入れによる心身現象を通じ、宗教界の無意識のジェンダーバイアスも浮かびあがらせます。このような現代にもみられるような解釈の偏りはもちろん、欧米の人々の行動原理や無意識のバイアスの中にいかに深くキリスト教のロジックが息づいているか……それを知るのが本書の真骨頂です。
欧米の政治対立や中東との確執、あるいは特定の法案をめぐる世論の分断が報じられるとき、その背景に「キリスト教的な価値観や宗派の歴史」が横たわることに気づきます。「あのニュースの対立の根底には、この教義の解釈の違いがあるのかも?」と、解像度が一段上がります。コラムに「日本のアニメとキリスト教」という親しみやすいテーマがある一方で、「カトリック教会とエコロジー」といった現代社会の地層に触れるテーマが並んでいるのも、この本が「今の世界を生きるための教養」なのだと証明するかのようです。
脳内に、一生モノのインデックスを
そして大人である私には、西洋美術やエンタメ、ニュースの解像度をグッと上げるための贅沢な学び直しの時間を提供してくれました。
数字という切り口でキリスト教の扉を開けてみると、どのページにも驚きと発見があり、視界がぐっと広がります。手元に置いておきたい一生モノのインデックスです。







