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2026.07.06

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安倍晋三元首相が「殺害されなければならなかった」本当の理由とは? 山上徹也被告の真実

2022年7月8日、日本中に衝撃を与えた安倍晋三元首相銃撃事件。現行犯逮捕された山上徹也の犯行動機は、さらなる大きな驚きをもたらした。だが、その「真意」を私たちはどこまで理解していただろうか? 本書は、山上徹也被告の公判に密着し、彼と個人的面談も重ねた作家・ジャーナリストの鈴木エイトによる衝撃的ルポルタージュである。
「安倍元総理が亡くならなければならなかったのは、殺害されなければならなかったのは、間違いだったと思っております」

この言葉に違和感を抱いた人は、どれくらいいるだろうか。奈良県地方裁判所の傍聴記者席で、山上徹也被告(正確には〈被告人〉。以下、氏名のあとに表記する場合は〈○○被告〉とする)のすべての発言を聴き、そのなかで私が最も引っ掛かりを覚えたのが、この言い回しだった。
安倍晋三を暗殺対象と見る者が存在することは、決して意外なことではなかった。しかし、実行することで自民党全体がさらに硬直し、密室内での秘密政治を強化していくことは明白だったし、その日ニュースを見たときは暗澹たる気分になったことを覚えている。だが、のちに明らかになった山上徹也被告の犯行動機はまったく意外なものだった。それぐらい「予想もつかない方向」からのアプローチでなければ、いまの日本では誰も行動に移せなかったし、まして実現もできなかったのではないか……という不謹慎な考えが浮かんだりもした。

これまで多くのニュースで語られてきたとおり、山上被告の母親は旧統一教会に莫大な額の献金をつぎ込み、家庭は崩壊。生活苦にあえぐ家族に保険金を残そうと、海上自衛隊に所属していた被告は自殺未遂を図り、その後、兄は自殺した。やがて山上被告が「最も倒さなければならない敵」として照準を向けたのは、旧統一教会にほかならなかった。
この日から始まった証拠調べでは、山上被告のパソコンから復元されたデータの〈散弾銃の作り方〉というテキストファイルに〈世の信念ある者のためにこれを書き出す〉という、彼の〈決意〉を示す文章が含まれていたことが提示された。

〈巨悪あり。法これを裁けず。世の捨て石となるための覚悟と信念のためにこれを記す〉
だが、結果的にその標的は、統一教会のイベントにビデオメッセージを寄せた安倍晋三元首相に移行する。その「飛躍」には、どんな心情の移り変わりがあったのか? 本書はまるで良質のミステリー小説のように、あるいは映画『ユージュアル・サスペクツ』(1995)を思い出させるような大胆かつ緻密な構成によって、「誰も気づかなかった被告の真情」に迫っていく。

といっても、突飛な新説を唱えているわけではない。人の心の機微を知る(あるいは触れたことのある)者なら、誰もが納得するような感情のうねりが犯行の裏側にあったことを、著者は被告自身の言葉の端々から汲み取っていく。それこそがまさに本書のタイトル『アンビバレント』が表すものであり、もっと簡潔な表現も本書のなかには登場する。

本書の記述の多くは、2025年10月28日から翌年1月21日にかけて行われた公判の描写に費やされている。それは単なる議事録の写しではなく、著者の視点で的確に拾い上げられた場面の集積である。著者はジャーナリストなので、過剰な脚色などはせず硬質な筆致に徹しているが、それでも、その内容は十分にドラマティックだ。また、「やや日刊カルト新聞」主筆として、カルト宗教と政治の関係、カルトの2世問題などに取り組んできた専門家ならではの視点も随所に感じさせる。
大阪拘置所の刑務官五人に伴われ、手錠に腰縄姿の山上徹也被告が入廷する。傍聴席の記者や一般傍聴者が一斉に息を吞むのがわかった。我々の記憶にある“山上徹也”は銃撃直後に現行犯で取り押さえられた際の姿や移送(送検)される際のニュース映像で見る華奢な少年っぽさの残る姿だ。だが、黒の長袖Tシャツにカーキ色のカーゴパンツ姿の山上被告の体格は、細身ではあるが痩せている印象はなく、長く伸ばした髪を後ろで束ねている。その表情は乏しく、厭世観すら感じ取れる。裁判長の指示によって身体拘束が解かれ、被告人席に座ったあとも、傍聴席からの視線を遮るように終始、こめかみへ左手を当てていた。
『アンビバレント』というタイトルを想起させる場面は、随所にある。それこそが人間理解の要であり、乗り越えなければならない関門であると言うかのように。たとえば、証人として出廷した山上被告の母親の発言にも、割り切れない「不一致」が見られる。
山上被告が事件を起こした原因を問われた際には「私が加害者だと思います」と即答。その理由を、「子どもに黙って献金し、放置してきた人生であり、教会に尽くせば家が良くなるという思いを利用したのは統一教会だと思う」と前置きし、教会にも問題があるとの認識を示した。
「本当の宗教は、たとえ貧しくても心が豊かになるようにするのが本来の姿なのに、はき違えて教会からチヤホヤされることで有頂天になっていました」
その一方で、今も信仰を続けていると明かし、子どもたちが母親の脱会を望んでいると思うか聞かれると「できれば今の形でやらせてもらえたら」などと言葉を濁し、「教義を理解せず、まったく真逆のことをしてしまった」と教団を庇う発言もあった。
山上被告もまた逡巡を重ね、家族を苦しみの元凶とは見なせない「割り切れない思い」に苦しみながら、懸命に最適解を求めようとした人物だという印象を与える。カルト宗教による搾取という過酷な状況に置かれた特別性はあっても、誰もが共感はできるはずだ。それは我々自身の、すべての生活者の姿でもある。
「自分の人生を壊され将来の展望を失った。その教団を国が後押しした。有力な政治家が韓鶴子総裁を後押ししてしまった。先がない、救われない。言語化するなら〈絶望的な思い〉が近い」
憤りの対象が親に向かわない理由を、親も被害者だとわかっているからだと分析する。
「2世の話を聞くと、親との葛藤はある。それでも結局、親も教団に騙された被害者で、結局、〈すべての原因は統一教会だ〉となるからです」
「ずっと倒さなければならなかったもの」が統一教会であることを確信した山上被告は、統一教会と政治家の深い関係についても知ることになる。その一番の情報収集源が、著者が主筆をつとめる「やや日刊カルト新聞」であることを公判で告げる場面には、震えが走る。

その一方、まるで小説『ジャッカルの日』を思わせる、手に汗握る場面もある。ディテール細かに語られる「犯行準備」そして「犯行当日」のくだりは、圧倒的なリアリティをもって読者に迫る。
――翌日の襲撃は2銃身パイプ銃でしたか?
「はい」
――岡山に持って行った散弾を2銃身にしたのは何故ですか?
「もともと3銃身パイプ銃ではない、口径が2センチ程度の弾丸を発射するものを念頭に置いていました。(岡山へは)新幹線での移動距離が長いので、3銃身パイプ銃はもともとそのために作ったから、そうでなければ元ので、と思いました。
――銃撃の威力は散弾のほうがよいと思ったのですか?
「威力は高いと思いました」
――確実性については?
「散弾銃のほうが高いと思いました」
だが、本書を読んで最も心に残るのは、まさにタイトルどおり「アンビバレント」を感じさせる場面の数々だ。人の心の軌道は、単純な一本線では捉えられない。そんなことを痛感させる瞬間も、本書は捉えている。
――統一教会と安倍さんの繋がりを認識した事実関係は?
「2015年前後だと思いますが、統一教会の信者を奪回させる説得が違法と取り沙汰されたり、安倍氏が日本統一教会会長と文鮮明の子どもと面会したという情報があったと思いますが、自分にとっても耳触りのいい話ではありませんでした。当時、安倍首相を支持していたので、韓国の件とかで」
――安倍さんを政治的には支持していたと?
「はい」
先入観や思い込みだけでは理解を見誤ることは多々あり、山上被告自身、いまの自分に寄せられる「共感」がいつか変じることを予期している。本書は歴史的事件の真実に迫る読み応え満点のノンフィクションであると同時に、人間の心の「読めなさ」について語った普遍的名作とも言えるのではないだろうか。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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