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2026.07.09

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消えない不安は性格のせい? 不安症はどこから病気か? 治療法や対策を解説

「不安にとりつかれる」ことは誰にでもある。そうなると周囲の状況が見えなくなったり、自分だけパニック状態に陥ったり、他者への不信感に凝り固まったりしてしまいがちだ。さらに、うつ病や強迫症、その他の恐怖症を伴ったり、トリガーにもなったりする。

本書はそんな「不安症」について、その性質や治療法、付き合い方を教えてくれる一冊。イラストや図表をふんだんに用いて、読者にわかりやすく「不安症とは何か」を伝えていく。監修をつとめる「原井クリニック」原井宏明院長が、自らの実体験を吐露したうえで語る巻頭言がやさしくも力強い。
「不安を消して楽になりたい」と思うのは自然なことです。今日でも巷には「楽になる」「リラックスする」方法や考え方、薬、カウンセリングがあふれています。けれども、本当にすべきことは不安から楽になることではありません。不安になったとき、その不安を理由にしてすべきこと、やりたいことを避けたり、後回しにするのを止めて、不安に向き合っていくことです。不安解消に気を取られると、本当にしたかったことも見失ってしまいます。
そもそも不安になることは悪いこととは限らない、と本書ではたびたび繰り返される。その発生源は、人間が生き延びるために生来備えた危機感や恐怖であり、「本来は一時的な状態」なのだという。だが、そこでの対処方法を間違えてしまうと、不安は心の片隅でいつまでも生き続け、人はどんどんマイナスの感情にとらわれていく……。そう聞くと、身に覚えのある人も少なくないのではないだろうか。
不安にならないようにするための行動を、「安全確保行動」といいます。不安な点をすべて解消しておこうと入念な準備をするのも、不安になりそうなことは避けるのも、安全確保行動のひとつです。
こうした対策が功を奏したように思える場合もあるでしょう。しかし、その結果、「備えなければ、たいへんなことになった」という確信が強まったり、「不安はあったが、なんとかなった」という経験ができなくなったりします。
対策しなければ、その場かぎりで消えていく不安が、いつまでも消えなくなってしまうのです。
「備えあれば憂いなし」ということわざを普段から実践して、不安要素をできるだけ排除しながら注意深く生きる人もいるだろう。ただ、これまたバランスを欠いてしまうと「神経質」「偏執的」といった危険水域に突入するおそれがある。それによって生活に支障を来したり、心を病んでしまっては元も子もない。

不安を過度に恐れ、その原因を徹底的に排除しようとすると、今度は孤立や断絶を招く。思わず昨今の国際情勢も思い浮かべてしまうが(そういう国民感情を利用する権力者がいちばん悪い)、その不安を乗り越えようとする意志が、安定した状態を模索する平和行動、他者との絆や共存につながったりもする。ある意味、不安は「人生のスパイス」ぐらいに考えていたほうがいいのかもしれない。
一方、「原因のわからない不安」もある。それが正しいのかどうかもわからないまま、何かしら発生源を見つけ、憶測であらぬ方向に突き進んでしまう……そんな状態が、人を凶行に駆り立ててしまうことは、歴史上でもたびたびあった。不安そのものよりも不気味な「とめどなくずれていく対処行動」の恐怖は、化学物質過敏症と診断された主婦を主人公にした『SAFE』(1995年)という映画でも痛ましく描かれていた。

だが、人間の心身が生み出す現象の「いいかげんな性質」を知ると、いたずらに不安を膨らませ続けることがバカバカしくも思えてくる。実際に苦痛や孤独を感じている人にとっては、そんな簡単な問題ではないだろうが、「原因が見つからないことも珍しくない」と知ることで、少しだけ不安から解放される部分はあるのかもしれない。
しかし、じつは体の症状や病気の大半は、はっきりした原因がありません。医師は診断名をつけてくれますが、それが原因を示しているとは限りません。たとえば高血圧の大半は「本態性」です。本態性とは原因不明の言い換えです。
(中略)
私たちは原因のわからない不安に悩まされます。原因を見つけたと思うと一時的にほっとしますが、不安が消えないと再び原因を探し出したり、原因と思われる出来事を避けて生活するようになったりします。よかれと思ってやっている原因探しで、余計に不安になり、結果的には悩みを増やすことになるのです。
第2章「不安症か? 別の病気か?」では、不安症のさまざまなバリエーションが紹介される。そのなかで自身の体験を思い出す人も多いだろう。たとえば「場面緘黙」という症状についての解説では、読みながら小学生のころの個人的記憶が蘇った。
家ではよく話すのに学校ではいっさい口をきかない子どもは、「わざと話さない」と誤解されていることがあります。周囲には「言葉がわからないのだろう」と思われていることもありますが、場面緘黙の場合、言語能力や理解力に問題はありません。「うまく話さなくては」と緊張すると、無意識にのどに力が入り、物理的に発声しにくくなってしまうのです。
また、「全般不安症」という症状もある。不安についての感受性が高く、自分に直接関係することから社会問題まで、幅広く心配してしまう状態のことだそうだ。現在、こういう状態にある日本人はけっこう多いのではないだろうか。
世界的にみると経済的に豊かな国ほど、全般不安症と診断される人の割合が高いことがわかっています。もともとの体質の影響が強いと考えられますが、経済状況にも左右されるようです。生活に追われている間は、自分ではどうにもならないことまで心配している余裕がないのかもしれません。
だからといって、あらゆることを心配し、不安になっている人を「ぜいたくな悩み」と突き放すのは問題です。全般不安症の8割に、うつ病やほかの不安症の合併がみられるともいわれています。
つまり、日本も経済的余裕を失っていけば、全般不安症も減るのでは……などと安直なことは考えたくない(一部の政治家は本気でそう思っているのかもしれないが)。いずれにせよ難儀な時代である。

第3章「治療の受け方・進め方」では、受診の判断から治療方法まで、さまざまなアプローチが紹介される。抗不安薬を用いる薬物療法だけでなく、行動療法(または認知行動療法)という治療方法もある。そのひとつ、毎日の行動と気分を記録することから始める「セルフモニタリング」という取り組みには、さまざまな効能がありそうだ。
さらに、本書の巻頭言でも触れられた行動療法のひとつ、「エクスポージャー療法」の解説も興味深い。一種の荒療治ではあるが、心の弱点を克服するためにはこれくらい思いきったアクションが必要なのも、なんとなくわかる気がする。
行動療法にはさまざまな技法がありますが、パニック症をはじめとする不安症の治療に効果があり、よく用いられるのがエクスポージャーです。
二度と経験したくないと思うような状況をあえてつくりだし、体験するなんて耐えられないと思うかもしれません。しかし、思い切って挑戦したあとは、それまで不安を感じてきた状況も平気になり、日常生活を送りやすくなる効果が期待できます。
そういえば、 巻頭言での気になるくだり……「本当にすべきことは不安から楽になることではありません」という言葉は、何を意味しているのだろうか? 本書のサブタイトルにもなっている第4章「とらわれから抜け出す」では、その実践方法がいくつか示される。医療の助けを借りて自らを立て直したその先の、日常生活を取り戻すための「上手な歩き方」指南ともいえよう。

とはいえ、完全に不安から脱し、一足飛びで完治状態に辿り着くのは難しい(そんなふうに焦れば、また極端な行動のスイッチにもなりかねない)。むしろ、それらの不安といかにして付き合うか、どう共存していくか、不安に支配されるよりも、どの「快さ」を際立たせていくか、といった生活の知恵をつかむプロセスといえる。
身近な人が不安症になったとき、どのように対応すればいいか? それも本書第5章「不安が強い人に向き合うとき」で丁寧に語られる。注意深く、なおかつさりげない対応が必要になる局面もあり、当事者ならずとも読んでおきたい内容だ。
不安症は、もはや珍しい病気でもなんでもない。「誰でもそうなる」と思っていたほうがいい――そんな時代に我々は生きている。だからこそ、相手のことも自分のことも大事にしながら助け合っていく方法を、少しでも多く知っておいたほうがいいのではないか。そんなときに手元にあると、とても心強い一冊である。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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