「森田療法」について、過去にその名を見たり聞いたりされた方は少なくないだろう。かくいう私もその一人だが、では内容まで詳しく知っているのかと問われると、思わず言葉に詰まってしまう。日々を生きる上で、心身の不調に悩むことが身近な話題である昨今だからこそ、この治療法について「知ってみたい」と思ったのが本書を手にしたきっかけだ。
そもそもその名の由来はどこにあるのか。本書によれば、それは治療法を確立した医師の名によるという。
森田療法は明治生まれの精神医学者、森田正馬(まさたけ/しょうま)が神経症治療を目的に生み出した精神療法です。
森田の生きた時代、価値観や社会秩序は大きく変化し、それが人々の心の悩みを増すことにもなりました。この頃、導入が始まった西洋医学のさまざまな治療法を森田は試し、やがて独自の精神療法を確立するに至ったのです。
明治7年(1874年)に高知県で生まれた森田は、経済的な理由や病気がちであることを理由に、父親から高校進学を反対された。だが強い意志と大胆な行動力で己を貫き、東京帝国大学医学部へと進学する。在学中には「神経衰弱および脚気」と診断され、苦しみながらも学業に励んだ。そうした自身の体験をもとに、卒業後は精神医学の道を選び、大正8年(1919年)にはのちに「森田療法」と呼ばれる治療を開始したという。
ちなみに当時、「神経症」という病名は「心理的な要因によって心身に現れる病状の総称」として使われていたが、今ではあまり使用されていないそうだ。そして当初は森田の自宅を利用する形で始まった治療スタイルも、現代では外来療法が主流となり、その対象も変化しているという。たとえばうつ病や強迫症をはじめとする病のほか、病名がつかない多様な心身の不調にも応用できる手段のひとつとして、再び注目されている。
本書の監修者である北西氏は1946年生まれ。かつて森田が初代教授を務めた東京慈恵会医科大学の精神医学教室で学び、卒業後はスイスのバーゼル大学精神科・うつ病研究部門へ留学した。その後、東京慈恵会医科大学附属第三病院にて森田療法の実践と研究に従事し、現在は森田療法研究所の所長と北西クリニック院長を兼務している。これまでに、森田療法に関する書籍や編著書を数多く手がけてきた。
中でも本書は、2007年に北西氏が監修した同タイトルの書籍を大きく見直し、新版として刊行したもの。全5章にわたって、治療法の具体的な内容や原則をはじめ、人はなぜ悩むのか、不安とは何なのかといった話から、どこでどのように森田療法を受けられるのか、そして実際に治療を受けた体験談までを、具体例を交えて詳しく解説している。専門的な内容ながら、イラストと図解をふんだんに取り入れたつくりは、初めて森田療法を知ろうとする人が直感的にわかりやすく理解できるよう構成されている。
特に心に響いたのは、治療の原則と目的に触れた第3章だ。森田療法では、日常の中で生まれる不安や恐怖を「なくそう」とするのではなく、「あるがまま」に受け入れ、そこから「踏み出していく」ことを目指している。それにはどうしたらよいか。方法の一つとして挙げられていたのが、「できないこと、できることの見極め」だった。
1で挙げられた「自分の感情をコントロールすること」は、「大人であればできて当然のこと」だと思っていたので、目から鱗が落ちた。もちろん社会で暮らしていく限り、他人に対して配慮が必要とされる場面は多々あるにちがいない。ただ少なくとも自分に対しては、それが「できないこと」であると捉え、その上で「できること」を考えてよいと示されたことは意外な驚きだった。
「感情は自然に生まれてくる」──言われてみれば当たり前のことを、いつの間にか忘れてしまっていた。それゆえ自分でも気がつけないまま、心に負荷をかけていたかもしれない。そう思うと、「自分を改めてチェックする」という意味においても、森田療法を知ることは今を生きる私たちに「有益」といえるだろう。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。