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2024.07.22

レビュー

何を言っても伝わらない? 発達障害がある人の行動が変わる言い方・接し方

本人には悪気はないが、他者とのコミュニケーションが難しかったり、そのせいで周囲になかなか馴染めなかったりする人々がいる。その「性格」が関与していることもあるだろう。だがそれだけではなく、脳機能の偏り、つまり発達上の特性(発達障害)によって問題が起こっている場合も少なくない。

人間関係や社会適応の妨げとなりかねない「発達障害」について理解しようとする運動や取り組み、社会一般における知識や意識の高まりは、ここ数年で大きく進歩した感もある。が、いまだ十分とは言えないし、実践的メソッドが広く行き渡っているとも言えないのが現実だ。

本書は、ASD(自閉スペクトラム症)と診断された夫をもつ漫画家・野波ツナ氏による、“実生活に役立つ「共生のコツ」を集めた本”である。著者の代表作『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』シリーズ(コスミック出版)を手に取ったことのある読者もいるだろうが、本書は著者の生活体験をもとに書かれた実用書だ。豊富な臨床経験をもつ医療従事者とカウンセラーが監修しており、専門家として多くのコメントを寄稿してもいる。当事者にとっても安心の内容だ。

なお、この本では発達障害的な性質をもつ人を「あの人」と称している。これは決して突き放しているわけではない。相手の人間性を認め、尊重すべき距離感を捉えるための、むしろデリケートな言葉選びといえる。

本書では、診断の有無にかかわらず、発達障害っぽい特性がある人を「あの人」と呼びます。冒頭のご挨拶でも書きましたが、大事なのは目の前の人に合わせた接し方であり、発達障害とかASDなどの言葉にとらわれすぎてはいけないと思うからです。また、年齢・性別にとらわれず読んでもらえるよう、本編は動物のキャラクターにしました。

かわいい動物キャラクターのイラストによって、当事者の心の内側を表情豊かに解説してくれるのも、この本の魅力である。「相手が何を考えているかわからない」というのが、まずお互いにぶつかる問題だろうから(それは発達障害の有無にかかわらず、万人が直面するコミュニケーションの問題でもある)。個々人の特性を、私たちが疑問の余地なく刷り込まれている「普通」の尺度に当てはめて考えてはいけない。

各トピックで取り上げられる場面の多くは、著者の実体験に基づいており、そこにはさまざまな発見があるはずだ。たとえば、自分と同じくらい、相手も「困っている」という事実、などである。

家庭だけではなく、職場で「あの人」とどのように接すればいいか、どうすれば気持ちよく共に仕事ができるか、といったメソッドも本書には描かれている。特性には個人差があるので(それを「個性」とも言う)、紹介されているやり方が唯一の正解というわけではない。それでも、考え方のヒントには確実になるはずだ。

読み進めるうちに気付くのは、私たちが「普通」「当たり前」「社会常識」だと思っている物事の本質が、実は非常にあいまいなものである、ということだ。

マナー無視を目にすると、つい「普通は○○するものだよ!」と注意しがちですが、「普通」を持ち出して「あの人」を諫(いさ)めても、まず効果はありません。
明確な定義のない、あいまいな「普通」を基準として持ち出すと、「あの人」から
「あなたにとっての普通はそうだろう。でも、自分にとっての普通は違う」
と反発されることもあります。

もちろん、そうは言ってもルールに従ってもらわなければならない場面も出てくるだろう。そこでどんな接し方をすれば、発達障害(またはその特性が強い)「あの人」に飲み込んでもらえるか、理解してもらえるか、といった「言い方・接し方・考え方」が本書には示されている。

たとえば、私たちが気軽に使う「気をつけて」や「ちょっと見てて」というフレーズは、実は「あの人」にとっては理解が難しい言葉だったりする。言外に省略されたままの多くの言葉を補足しなければ、全体の意味が捉えきれない場合があるからだ。次のような場合も、言外に言葉が省略されていたせいでトラブルが起こった例だが、その解決法も本書では明快に示されている。

家庭ではパートナーに「子どもを見てて」と頼んで出かけることがよくありますが、その言い方では「あの人」には伝わりません。
この場合の「見る」には「子どもの食事の世話、一緒に遊ぶ、危険な行為は止める、泣いたらあやす……」など、いろいろな行為が含まれています。
ところが、言葉を字義通り受け取ってしまう「あの人」は、〈「見る(=視線を送る)」だけでいい〉と、誤った認識をするかもしれません。
私の家では「見ててね」と夫のアキラさんに頼んだら、子どもが転んで泣いても本当に「見ている」だけで何もせずオロオロしていた――という出来事がありました。解釈にギャップが生じない言葉を選んでハッキリ伝えなければいけなかったのです。

大切なのは「これくらいわかるだろう」と勝手に思い込んで丸投げしないことだろう。相手の持つ特性をしっかり理解し、相手にわかるように伝える。それはコミュニケーションの基本的原則でもある。

「がんばっている『あなた』へのヒント」と題された本書ラストの章は、涙なしには読めないかもしれない。著者の共感に満ちた語りかけに、癒される読者も多くいることだろう。著者自身の苦労が滲む一節を、最後に引用しておく。

あなた自身の心身の健康を、ないがしろにしないでください。
まずはゆっくり眠れるように、時には医療の手を借りて。
心を健やかに保つために、自分の世界を取り戻したり、新しく作ったりしてください。

発達障害・グレーゾーンの あの人の行動が変わる言い方・接し方事典

著・イラスト : 野波 ツナ
監 : 宮尾 益知
監 : 滝口 のぞみ

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レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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