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2024.03.25

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がんばっているのに仕事がうまく進められない──大人の発達障害の働き方のコツ

大人になり、社会人になってから自分が発達障害であることが判明するケースが増えているという。職場で失敗ばかりしてしまったり、人間関係がうまくいかなかったり、本人は懸命にやっているのに「怠け者」と思われてしまったり……実はそれらの要因が生来の発達障害にあったと知った人が、その後どうやって社会生活を立て直していけばいいのか。あるいは、子どものころから何らかの発達障害が判明していて、社会に出るうえでの困難が予想される場合、どう準備すればいいのか。そういった情報をやさしく分かりやすくまとめたのが本書である。

この本は実際に病院で使われている成人の発達障害向けプログラムをもとに、職場での仕事の進め方、対人関係の改善、自己管理の方法、医療と社会的支援の情報といった内容が、具体的にまとめられている。監修を手がけたのは、昭和大学付属烏山病院の発達障害医療研究所所長をつとめる太田晴久。同病院の五十嵐美紀、横井英樹の協力を得て、より充実した内容になっている。文字が大きく、図版などもふんだんにあって読みやすいのは、情報処理や集中力に困難を抱える当事者のためでもあるだろうし、全読者にとってもありがたい配慮だ。

発達障害の特性を有する当事者のための本にも見えて、その実、これは「万人向け」の一冊といえる。発達障害への理解や向き合い方は、雇用者にも、上司にも、同僚にも必要なものだ。もちろん家族や友人・知人のサポートも要る。さらに、まだ診断は受けていなくても、自分に何らかの発達障害があるのではないかと考えている人、仕事で具体的な困難に直面している人にも、有用な情報が多く詰まっている。つまり「すべての大人が読むべき」本でもあるのだ。

まず大事なのは「発達障害とは何か」を知ること。繰り返しになるが、それは当事者にも、周囲にも必要な知識である。本書の前書きには、そのすべてが詰まっているので全文引用したいぐらいだが、あえて一文だけ引用しよう。

発達障害の特性をもちながらうまく働くためには、スキルを身につけることだけでなく、精神的な安定を維持することも非常に重要です。できないことがあっても自分を過度に否定しないでほしいと思います。だれにでも苦手なことはあります。会話が続けられない、臨機応変に対応できない、ということだけで自己を全否定する必要はありません。さらに言えば、労働生産性だけで人間の価値が決まるわけでもありません。完璧主義になりすぎず、ご自身のよいところにも目を向けて、バランスよく考えるようにしてください。

そう、できないことは誰にでもある。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)といった診断の判断材料となる「不自由な点」も、程度の差こそあれ、誰にでも思い当たるようなことばかりだ。ただし、それが日常生活や社会生活に支障をきたすほどのレベルに達しており、できること/できないことの差が極端に大きい場合、発達障害と判断されることもある。その症状の根本にある問題をまず把握し、それらとどう付き合っていけばいいのか。本書ではASDとADHDを具体的に分けたりせず(どちらも共存している場合も少なくないからだ)、数々の特性、そして対処法を丁寧に紹介していく。

たとえば、みんなが知っておくべきこんな特性もある。

発達障害の人は疲れやすいのです。生きることに気を張っているためと考えられます。
人間は情報が入ってきたときに、直感的に取捨選択して処理し、行動に移します。ところが発達障害の人は、意識しないと情報の処理も行動もできないため、脳は常にフル回転です。とくに仕事の場においては、コミュニケーションの点でも、スケジュール管理についても、周囲に適応しよう、特性を抑えようと緊張しつづけているので、1日が終わるころには、ヘトヘトになっています。

これは、見た目の判断だけで部下を叱責してしまいがちな上司などにも、必要な知識だろう。下記の一文も同様である。

発達障害の人は、過去の失敗体験や叱責を受けた体験から、相手の言うことや状況を、マイナスに受け取りやすい傾向があります。自己否定、不安、失望などネガティブな感情にとらわれてしまい、考えてもしかたのないことをくり返し考えては、くよくよしています。感情のコントロールが苦手なこともあって、マイナス思考の悪循環に陥ったまま抜け出せません。

自分の能力の足りなさを責めてしまう人は、うつ病などの二次障害にもかかりやすい。発達障害を抱えた成人が就職活動などで直面するそういった悩みや困難は、近年話題のマンガ『リエゾン -こどものこころ診療所-』にも詳しく描かれている。また、医療の取り組みや実例については、先日レビューした『心の病気はどう治す?』にも取り上げられている。どちらも手に取りやすい内容なので、ぜひ参考にしてみてほしい。

仕事上での困難さがあるのは、なにもできないからではないし、自分がダメなせいでもありません。能力のアンバランスで、できることとできないことの差が大きいということです。
自分を否定しないで、優れている特性に目を向けてみましょう。弱点だと思っている特性が、リフレーミングすることで長所に変わることもあります。

リフレーミングとは「視点を変えて捉える」ということ。これもやはり「自分を知る」という作業の一環であり、障害の有無にかかわらず、すべての人にとって大事な教えなのではないだろうか。

もちろん、これらの特性は、深刻な障害を持たない人が「言い訳」に利用していいものではない。本当に悩んでいる人の苦しみを読み取り、理解する必要がある。だが、それを「治す」という意識のあり方には、注意が必要だ。

発達障害が治るかどうかを考える前に、治るとはどういうことかを考えてみます。
発達障害の特性がなくなることを「治る」というのなら、それは困難です。発達障害は生来のものなので、根本的な部分は変わりません。現在、根治できる治療薬はなく、近年中に発売されることもないでしょう。
では治らないのかというと、そうともいえません。根本的な部分が治らないからといって、その人がおかれている生活状況や精神状態が変わらないということはないからです。
自分の能力をもって社会に適応できるようになることが「治る」ということです。特性があっても、幸せにくらしていけるようになることです。

少しでも「治したい」と切実な思いを抱えている人は、どこに頼ればいいのか。本書後半のチャプター「医療と社会的支援について知りたい!」には、具体的な医療・支援プログラムの内容から、投薬治療における薬の種類・効能まで明記されている。知識がないとアクセスしにくいものでもあるので、当事者および近親者にとっては必読の内容だ。たとえば、デイケアの受け方・進め方の流れも、下記のようにわかりやすく図解化されている。

また、下記の図版で紹介されるいくつかの就職例には、新たな発見や可能性、希望を見出す読者もいるのではないだろうか。

本書を読みながら思い出したのが、1995年上演の舞台『シティボーイズライブ/愚者の代弁者、うっかり東へ』のコントの一編、「会話の訓練」。日常的に他人とうまく会話できない4人の男性(大竹まこと、斉木しげる、中村有志、いとうせいこう)と、スムーズな会話のやり方をレクチャーする講師(きたろう)の教室でのやりとりをコミカルに描いた会話劇だ。相手の話を聞いていなくて会話が成り立たない人、それまでの流れと関係のない自分語りを一方的に始めてしまう人、突然大きな声で怒りを爆発させる人など、自分勝手なように見えて、実は全員が「会話ができない自分」を露呈することに怯えている。つとめて冷静に話を進めようとする講師も、思わず我を忘れて怒りをぶつけてしまい、未熟さをさらす。

いま思えば、これは発達障害を抱えた社会人の苦闘や困難を描いた、当時としては珍しい作品だったのかもしれない。コントなので、多少の抽象化やカリカチュアは加えられているが、決して誰も笑い者にはしていない。社会生活に順応できないほど「周囲にとっては普通のこと」ができない人々を、どこにでもいる存在として寄り添って描いた作品だった(特に、中村有志の痛切でひたむきな熱演には胸打たれる)。過去にDVD化されているので、興味が湧いた方は本書を読んだあとにでも観てみてほしい。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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