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2023.02.17

レビュー

累計120万部突破『リエゾン』の監修者による、発達障害のこどもたちを理解するための入門書

子どもの発達にまつわる「診断名」はなんのためにある?

児童精神科を舞台にした医療漫画『リエゾン -こどものこころ診療所-』を、親の気持ちで読む人もいれば、親子を支援する側の立場で読む人もいるだろう。
また、かつて子どもだった自分を重ねながら読む人もいるのではないだろうか (私は3番目のタイプの読者だ)。

この作品は2023年1月時点で累計120万部を突破したヒット漫画で、テレビドラマ化もされている。人気の理由は、シンプルに胸を打つ作品であることと、みんなどこかしら他人事にしておけないテーマだからなのだと思う。

とくに、今まさに自分の子どもの発達や特性が気になる方は、SNSやウェブサイトをチョロッと検索すれば診断名や体験談が無数にヒットするなかで、子どもと向き合っているのだろう。私は自分の体調が少し心配なだけでネットを目いっぱい検索してはクヨクヨ落ち込むが、それが自分の子どものことだったら、(クヨクヨしている場合じゃないだろうが)クヨクヨどころじゃない規模で悩み、さらにそんな自分について悩み……せめてこのループから抜け出したい。

本稿で紹介する『リエゾン-こどものこころ診療所- 凸凹のためのおとなのこころがまえ』は、『リエゾン -こどものこころ診療所-』の監修を務めた児童精神科医の三木崇弘先生による心療の入門書だ。

凸凹のある子どもたちを育てていくうえで、私たちはどんな心構えで生きていけばいいのかヒントをくれる。それは本書のおもしろくて誠実なところでもある。「XXすれば治る」「XXまでにこれをしましょう」のような乱暴かつクリックされがちな「正解」がないことを、三木先生は何度もていねいに教えてくれるのだ。

そして三木先生は自身の悩みも素直に書いている。たとえば発達障害の診断の難しさについて。これは第1章で触れられている。医師が診断をするうえで何を知りたいのか、どう判断するのかを解説しつつ、「そもそも診断って必要なの?」という地点まで掘り下げてくれる。

それほど困っていなければ、受診して診断名をはっきりさせる必要はないのでしょうか。実は、これについては僕自身もずっと悩んでいます。(中略)
診断のために必要な「状態」「状況」の情報は個人差が極めて大きく、そういった意味では「これがあるから100%こうだな」と分かりやすく診断ができるわけではありません。

大人になってから「あれ?」と思う人だっているだろうし、インフルエンザのように陽性か陰性かでパキッと分かれるものでもない。そんな診断名との向き合い方について、三木先生はさらに続ける。

ただ、いまの正直な気持ちとしては、診断名があってもなくてもどちらでも構わないと思っています(診断しておいてなんなのですが)。なぜなら診断名がついたことで、その人、その子の何かが変わるわけではないからです。
同時に僕は、「どんな診断名がついた子なのか」ということよりも、「こういう診断名がついた子だから、それをきっかけにその子をどう理解して、どう対応するのか」にフォーカスしたいと思っています。矛盾するようですが、どう対応するのかを考えるときには、診断名があったほうがいい場合が多いです。というのも、診断が出て初めて得られるものがあるからです。
それは、「理解」と「支援」です。

診断名は、子どもを変えてしまうものではなく、困っている子どもの役に立つもの。ここから三木先生は「診断名とは、理解と支援のために“使う”もの」と説いていく。診断名への恐れや期待がフラットにならされていく章だ。

「コスパ」や「100点」よりも、コンスタントな「65点」を

第2章の「『100点』を目指す子育てから脱却する」もとてもおもしろく、耳が痛かった。「あ、これ私絶対やるわ!」と何度も思った。

まず、ありがちな現状について。

保護者の皆さんを見ていると、現代は子育てに関するタスクがとても多い時代だと感じます。子育てに関する知見がたまっていき、共有されることで、「あれはやっちゃだめ」「これはこうしなくちゃいけない」という「正解と不正解」が大量に世の中に広まっています。(中略)
そして頑張ってそれに取り組んだ結果、疲れてコンディションが悪化し、子どもへの関わりの質が落ちていくことが往々にしてあります。

Twitterを開けば世界中で井戸端会議をやっているような状態で、これを無視するのは多分私はできない。だめだ、調べまくって作戦練りまくって100点目指してイライラしちゃうよ、どうしよう!

なので、65点でいいです。いや、65点がコンスタントに出せたら、それはすごいことだと思います。(中略)
僕は趣味でアカペラをやっているのですが、プロのステージを見てアマチュアとの違いを一番感じるのは「ミスショットの少なさ」です。コンディションに関わらず、狭い音の幅の中にそれなりにしっかりと当ててきます。この「安定感」と「最低ラインをクリアし続ける」ことが、すごいことなのだなと痛感しています。
ですから、「我が子を育てるプロ」たる皆さんが目指すのは、「100点の関わりがある代わりに20点とか30点の関わりがちょくちょくある」状態よりも、「ほとんどが60〜70点くらいだけど、滅多に赤点は出さない」状態なのではないでしょうか。

仕事や人間関係でもしみる言葉だ。読んでよかった。そして、さあここからが厳しい話になる。どうして子育てで100点を目指してしまうのだろう?

その理由の一つは、「子育てに投入したエネルギーがしっかりと結果に反映されて欲しいという思いが強いから」ではないかと思います。僕はこれを「子育ての投資化」と呼んでいます。(中略)
教育や子育ては、いま自分がやっていることが子どもの将来にどういう影響を与えるかが、非常に読みにくく、また実感しにくいジャンルだと思います。どこにゴールを置けば良いかも定かではなく、(中略)そうなると、例えば逆上がりができるようになる、成績が上がる、有名な大学に合格するなど、どうしても分かりやすい目標に目が向いてしまいます。すると今度は「そのためにどれくらいの労力を費やしたか」、いわゆる“コスパ”が気になってしまうのではないかなと思います。

撃沈。それに我が身を振り返って考えてみろという話でもある。家族から私の人生についてコスパ面から詰められたら私はどうすりゃいいのだ。

気合いで頑張らない方法

凸凹に気がつくきっかけ、「困る」状態のこと、診断のこと、本人への告知、叱ること、褒めること、学校で受けられる支援のこと、受験や進学のこと、性教育のこと、そして成人してからのこと。率直に述べられるこれらの実例と考察は、すべて前項で紹介した「コンディションを保つ」をターゲットに語られているように感じる。

なぜなら、どんなトピックからも、センセーショナルさやインスタントな匂いがしないからだ。「困っちゃうことも迷うことも多いが、抑えどころはここ」といった具合に、平易な言葉で教えてくれる。

そして、コンディションを保つ方法についても、こんなふうに具体的に紹介される。そう、この本は「こころがまえ」の本なのだ。

今日は100点を取れる余力があっても、あえて60〜70点に抑えておく。余ったエネルギーは翌日以降に回して、急なトラブルや不慮のコンディション悪化に備えておく。そうすることで、コンディションを最悪レベルにまで落とすリスクが低くなります。そして、大人が気合いで頑張らなくても関わりが安定するのです。(中略)
ほとんどの親御さんは、そのままでも「ちゃんとした子育て」ができる土台があると僕は思っています。だからあとは「発揮できる状態にする」ことを考えてみてはどうでしょう。
そのためには、自分たちのコンディションを整えることの優先順位を上げてください。

子育てはその瞬間だけのゲームじゃなく、子どもとその親の長い人生なのだから、気合いだけじゃやがて爆発して親も子どもも傷ついてしまう。

さて、そんな長い人生のとある一例として、三木先生は『リエゾン -こどものこころ診療所-』の主人公“佐山”を次のように分析する。そのまなざしがとてもあたたかくて、冷静で、私はとても好きだし、救われた。

『リエゾン』の佐山にも凸凹があります。こだわりが強くて、ルーチンは守らないと嫌で、感覚が過敏で、考え方も独特です。(中略)
しかしながら、いまの彼は人に対して常に誠実で、大人も子どもも分け隔てなく相手を尊重しながら接しています。表面的に見ると素晴らしい人格ですが、でも「凸凹」という切り口で考えてみるとしたら、「人にはきちんと対応する」というこだわりがあったり、逆に他人に対してある程度までの興味しかなく、熱くなりすぎないから、そう見えるだけかもしれません。
ただ、おそらく佐山はこれまでの人生で自分に向き合って悩む機会があったり、辛
い時に誰かに助けてもらったり、そういった「自分の人生も捨てたもんじゃない」経験をしてきたのではないかなと想像します。(中略)
凸凹があることで苦手なことが多いとしても、周りの人と気持ちよく関わり、自分に自信がつき、何かあっても相談したり助けてもらったりすることはできます。佐山という人物はそんなことを体現しているように見えます。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori

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