口からうまく食べられなくなったら、どうすべきか
ごはんを平らげたり、ゴクゴクと水を飲み干すことは、元気なうちは何も意識せずにこなしているけれど「元気なうちは」というただし書きがついている。食べることにも力が必要で、その力は年齢とともに変化する。病気をきっかけに食べる力を失うこともあるだろう。
口からうまく食べられない状態である「嚥下障害(摂食嚥下障害)」になったら、食べる力は取り戻せるのだろうか。そして嚥下障害とはどういう状態で、リハビリテーション(リハビリ)訓練はどうすればいいのか。
『名医が答える! 嚥下障害 治療大全』は、嚥下障害になったときに取り組むべきことをQ&A方式で紹介する本だ。本書の監修は、摂食嚥下障害リハビリテーションの第一人者である藤島一郎先生。嚥下障害にもさまざまなステージやきっかけがあり、それぞれの状態に合わせて対策があることを、72件のQ&Aを通して、ていねいに教えてくれる。
藤島先生は嚥下障害を「とても身近で深刻な問題」と語る。
高齢になればなるほど、嚥下障害をかかえるリスクは高くなります。
嚥下機能の低下は、窒息を起こしやすくするだけでなく、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)という、高齢者にもっとも多いタイプの肺炎を引き起こす原因にもなってしまいます。肺炎は日本人の主な死因のひとつで、高齢者にとっては、まさに命にかかわる重大な病気です。
食べることは、人生を彩る楽しくてうれしい喜びであるとともに、命にかかわる問題なのだ。
嚥下障害のサイン
嚥下障害はどのように始まるのか。第1章では「食べる」ための仕組み(みんな無意識にやっているが、たくさんの過程を重ねている)や、嚥下障害の問題について説いている。
たとえばQ6「嚥下障害の始まり方は?」という問に対して、藤島先生は「嚥下障害は、急に生じることも徐々に問題が明らかになっていくこともあります」と切り出し、いくつかのパターンを紹介する。ひとつめはこちら。
●急に食べられなくなるパターン
「急病や手術直後など、全身状態に影響するような事態が起きたときには、嚥下障害も起こりやすくなります。急性の嚥下障害の原因となる病気としてもっとも多いのは脳卒中です(→Q21)」
文末に記された「→Q21」は「Q21に詳細が書かれています」という意味であり、Q21の内容は「脳卒中後、うまく食べられません。回復しますか?」だ。このように読む人の状況や関心に合わせて構成されているので、今まさに自分や近しい人が嚥下障害の状態であるなら、そこに関連するQ&Aを取り急ぎ読むこともできる。
そして、Q6 「嚥下障害の始まり方は?」で紹介されるもうひとつのパターンはこちら。
●徐々に問題が明らかになるパターン
「口から食べているからといって、嚥下機能に問題がないとはいえません。これといった病気はなくても、加齢に伴うさまざまな変化が、嚥下機能の低下に結びつくおそれがあります」
病気をしていなくても、少しずつ体がおとろえて、やがて食べる力を失うこともある。本書の冒頭には嚥下障害のサインのチェックリストがある。
どれもちょっとした変化だ。藤島先生いわく「1つでもチェックがついたら問題は始まっているかもしれません」とのことで、嚥下障害をいち早く発見する助けになるはず。
さらに嚥下障害の有無をセルフチェックするリストや、飲み込む力を確かめる方法も紹介されている。
嚥下障害は治るのか
嚥下障害のきっかけがさまざまであるように、食べる力も人によって異なる。
第2章「嚥下障害は治るのか」には、摂食状況(食べる力の状況)のレベルを測るためのチャートがある。これはリハビリの現場でも使用されており、数値が低いほど嚥下機能が低下していることを示している。
レベルに応じて対応が異なる。そしてこの章の題名「嚥下障害は治るのか」に注目したい。藤島先生はこう説明する。
直接的な原因がなんであれ、高齢者の嚥下(えんげ)障害の大半は加齢の影響がみられます。嚥下機能が低下した状態から、なんの制限もない食事を3食自分の口から食べ、なんの問題も起こらない状態に戻ることを「治る」というのであれば、「治った」」とはいえない例も多いのが実情です。
この実情にショックを受ける人もいるはずだ。でも本書がいくつものQ&Aを通して伝える大切なことは、次の点にある。
嚥下障害に対しては「治す」というより、それぞれの嚥下機能に合わせ、安全に食べられるようにしていくことを考えます。嚥下障害があっても口から食べられるようにするための取り組みとして、摂食(せっしょく)嚥下リハビリテーション(嚥下リハビリ)がおこなわれます。嚥下リハビリの目的は、口から食べて味わう喜びを大切にすること。これが基本ですが、同時に栄養不足に陥らないよう「口からだけ」にこだわりすぎないこと、そして誤嚥(ごえん)や、誤嚥による肺炎をできるだけ防ぐことも重要な目的です。
そう、この本は、あらゆる人の人生の質を保ちながら、命を守る手だてを考える本なのだ。
パーキンソン病の場合はどうする? 認知症を患う人の嚥下リハビリは? がんの手術後は何に気をつけたらいいの? あらゆるライフステージで訪れる嚥下障害ごとに「できること」を一つ一つ紹介している。
リハビリに加えて、事故を防ぐための対処法も教えてくれる。たとえば、万が一のどの奥に食塊(食べもの)が残ってしまったときの対処法は?
第1章で食べる仕組みを学んでから読むとより理解が深まる。
さらに、誤嚥を招きやすい食材の注意点や、誤嚥を防ぐ食物(嚥下食)を家庭で簡単に用意する方法も紹介されている。「ゼラチンと寒天は似て非なるもの」であり、ゼラチンは嚥下食の優れたパートナーだが寒天は嚥下食には不向なこともあると知ってヒヤッとなった。
そして嚥下食をつくる家族の負担をなるべく軽くすることを前提に書かれているので、私でもできそうだと思えた。馴染みの食品メーカーが「えんげ困難者用食品」を作っていることを本書で知って、ますますその会社のファンになった。
とはいえ、せっかく用意しても食べてくれないことだってあるだろう。そういった場合の改善点も藤島先生は教えてくれる。とても心強い。
いつか食べられなくなったら
本書の最終章は「十分に食べられなくなったら」だ。この章は、いま嚥下障害ではない若く健康な人にもぜひ読んでもらいたい。家族、大切な人、そして自分の人生の最期がどんなふうに訪れて、それをどう迎えるかを考えるのに必要な言葉が並んでいるからだ。
ニュースでも取り上げられることのある「胃ろう」などの経管栄養との向き合い方も、さまざまな観点から具体的に教えてくれる。
「口から食べるのがむずかしくなっているから」「肺炎を起こしてばかりで危険だから」などという理由で経管栄養をすすめられると、本人も家族も「口から食べられなくなったら、おしまい」などと落胆しがちです。
しかし、経管栄養を始めたからといって、二度と口から食べられなくなるとはかぎりません。経管栄養をおこないながらでも、嚥下リハビリに取り組むことが可能な場合もあります。
恥ずかしながら、私はこれまで経管栄養を恐れて生きてきた。「食べられなくなったらおしまいなのだろうか」とひどく乱暴に考えていた。でもこの本は「その段階でできるベストなこと」を根気強く語りかける。元には戻らないかもしれないが、最善手はたくさんある。多種多様なリハビリがあるのだ。やさしく顔をマッサージしたり、嚥下体操を毎日行ったり、呼吸の訓練をしたり……。
とても身近で深刻な問題だからこそ、早く気がついて、適切なリハビリを続け、よりよく生きたい。そのために必要な知識をぜひこの本で見つけてほしい。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori