私の祖父母や両親、そして親戚含めて、がんを患った人はひとりもいません。がんは、生活習慣などをきっかけに患う可能性がある病気だとわかってはいつつも、血縁にひとりもがんになった人がいないという理由から、どこか他人事の病気でした。
そんな気持ちを一変させたのが、2023年12月に発表された、とある大好きなミュージシャンの死。
その人の名は、チバユウスケ。
病名は食道がんでした。ミッシェル・ガン・エレファントやROSSO、The Birthdayといったバンドで活躍。名前は知らなくても、生放送の某音楽番組にてロシアの女性デュオがドタキャンした際、急きょ1曲生演奏を披露して拍手喝さいを浴びたバンドのボーカル、といえば思い出す方もいるかもしれません。
2023年4月に食道がんを公表し、続報などない中での突然の訃報でした。圧倒的にカッコよくて、唯一無二な存在だったチバユウスケをこの世から奪い去った食道がんとはなんなのだ!?と、怒りにも似た感情と共に強い関心を持つに至りました。
そんなタイミングで刊行されたのが、本書です。これはひとつの巡り合わせに違いないと思い、手に取りました。そしてあらためて、自分はがんだけでなく体の構造そのものを何も知らなかったということに気づかされました。
「食道」と「食道がん」を知る
本書では詳細かつわかりやすい図やイラストで、食道という器官が体のどこにあり、どういう組織で成り立っているかを説明しています。飲食物は重力ではなく、食道の壁を作る筋肉の動きで胃へと送り込むこと。さらには食道の外側にある外膜は、気管など隣り合う臓器との隙間を埋める組織で、丈夫な膜で覆われていないため、食道にがんができると周囲に広がりやすいなど、個人的に新たな発見がありました。
この、「転移しやすいがん」というのが食道がんの厄介なところ。しかもがん初期は特に症状もなく、飲み込みにくいといった違和感がある段階ではもう進行がんになっている、というケースも多いのだそう。
また、がんができる位置によってその名称が異なっており、当然ですがその治療法にも違いが生まれることも記載されています。
「発がん」を知る
では、食道がんになってしまう原因はなんなのでしょうか。主な要因としては、生活習慣が挙げられます。喫煙や飲酒、刺激物(熱いもの、辛いものなど)を好む、運動不足といった要素が重なり、食道がんになる場合が多いようです。飲酒時に顔が赤くなる人も要注意。その理由についても明記されています。ただし、もちろんですが、喫煙や飲酒だけが理由ではありません。
また、本書内では様々な箇所で喫煙が及ぼすリスクに言及。私はこれまでの人生でタバコをくわえたことすらないのですが、喫煙習慣のある友人が多いので、どうか吸い過ぎには注意してほしい……と強く思いました。
「治療法」を知る
いざ、食道がんになってしまったらどうすればいいのでしょうか。治療にあたってはいくつかのパターンが用意されており、手術はもちろん、がん治療として認知度の高い放射線療法や抗がん剤による化学療法、内視鏡による切除、対症療法などが挙げられます。
がんの病期(ステージ)によって治療法が異なることや、それぞれの治療方法に関する図説による具体的な解説、そしてメリットとデメリットも記載。
また、手術療法ひとつとっても、様々なケースがあることを丁寧に説明しています。がんに侵された食道を切除したあと、他の臓器を使って食道を再建する手術があるのですが、その複雑さに驚くと同時に、人間の体の神秘にも想いを馳せてしまいました。
ただ、食道再建手術も万能というわけではなく、胃を持ち上げて食道の代用とする場合、胃が小さくなること、そして本来食道がもつ機能(逆流防止)がないために起こるリスクについても知ることができます。
ちなみに、胃の内容物が食道に逆流する逆流性食道炎によって食道がんを発症するケースもあるとのこと。逆流性食道炎がある人は注意が必要だそうです。
「費用」を知る
がんと対峙する際に、どうしても気になるのがお金。がんは高額の治療費がかかる、というイメージもありますが、本書内では一般的な治療から特別な治療まで、保険適用なのか適用外なのかについても触れています。また、コラムページではがんの治療費についてまとめた解説も。個別のケースでそれぞれ費用は異なりますが、ひとつの参考になる資料です。
ここまで挙げた以外でも、本書では入院スケジュールや手術等の治療による後遺症について、さらには治療後のリハビリなど、食道がんに関するひととおりの知識を得ることができます。
また、転移のしくみや治療法別のメリット・デメリット解説などは食道がんだけでなく、他のがんにおいても参考になる情報。
未知なるものには不安も大きくなりますし、噂や偏った知識で誤った判断を下してしまうこともあるかもしれません。がんを予防する観点からも、あるいは医療機関受診前の参考資料としても、正しい知識をインプットして冷静に対処するため、本書が果たす役割はとても重要ではないでしょうか。
大切な存在が亡くなったことを悲しんで終わるのではなく、その人が戦った病気について少しでも知ることができて、私にとって本書との出会いは、とても大きな体験となりました。
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009