「後悔しない選択」のために
国民の二人に一人はかかるといわれる「がん」。しかし、罹患率は年々上昇しているものの、日々進化する医療の恩恵により死亡率は低下傾向にあるという。「治る病気」になりつつある「がん」だが、ひとたびそう診断されれば精神的なショックはもちろん、日常生活の大きな変化など、心身への負担も多くなる。治療を受ける側だけでなく、患者をサポートする側にとっても病に対する理解は欠かせない。
『「がん」はどうやって治すのか 科学に基づく「最良の治療」を知る』は、がんと折り合いをつけて生きるために必要な知識を徹底解説する。病気そのものに対する理解を深めるだけでなく、手術、放射線、抗がん剤(薬物療法)、免疫療法の目的、またそれらががんを治療するメカニズム、最新検査からがんゲノム医療まで、エビデンスに基づく「意味のある治療」とはどのようなものか、正しい治療を受けるための知識を網羅する。
この本に携わるのは、主に国立がん研究センターで患者と向き合う現場の臨床医たちだ。がんの精密な診断とともに、患者の体力、全身の状態を正確に把握し、どのような治療が適切かを判断してきた臨床の現場から「後悔しない選択」のための知識を授けてくれる。
治療の目的やがんを退治するメカニズムを知り、医師から提案された治療法がどのような意味を持つのかを理解しておくことは、治療を受けるにあたって大きな安心を得るとともに、治療を担当する主治医への信頼も高めると思います。
「がんの治療を受ける」「がん患者を支える」すべての人が読みたい一冊だ。
がん治療の設計図が分かる
第1章から第3章では、臨床医が「がんという病」をどう捉えているか、またがん治療はどのような“設計図”のもとに行われるかを解説していく。
それぞれの患者の体内にあるがんと臨床医はどのように向き合うのか、「腫瘍マーカー」「CT」「MRI」といった検査ではどのようなことがわかるのか。がんの「ステージ」はどのように分類されているのか……。
こういったことについての「なんとなく」の知識が正確なものに置き換わっていく。
たとえば、がんの「標準治療」とは何だろう?
医療保険やがん保険に加入する際、「先進医療特約」という項目を目にしたことはないだろうか。厚生労働大臣が認める最先端の治療を受けた際の技術料を保証する特約だ。それが多くの場合はオプションである点や、「標準」という言葉のイメージなどから、先端的な医療は「普通は受けられない」最良の治療であり、「標準医療」とは「ほどほど」「並み」の治療なのではないか……と考えがちだ。しかし、本書によれば「標準治療」はそのようなものではない。
がんの標準治療には、「ほどほどの治療」や「並みの治療」というニュアンスはいささかも含まれてはいません。
標準治療は健康保険で受けることのできる治療でもあります。ある治療法について、多数の試験の成績を専門の医療者が集まって検討し、「現段階でこれが最も良い治療法である」と合意が得られた治療法が標準治療なのです。
医師が患者に対し「もっとも勧められる治療」と説明するのが「標準医療」なのだという。
本書ではがん治療の柱となる「診療ガイドライン」の定め方、そしてそれがいかに短い間隔で更新されている(つまりがん治療の進歩が速い)かを知ることができ、本文中のQRコードから実際のガイドラインを参照することもできる。
最新の情報をもとに標準治療やその推奨度を取りまとめたガイドラインは、医療を提供する側にとっては診療のレベルを高め、知識を更新するために頼りになる支えです。治療の施設間格差をなくすことにも役立ちます。
がん治療に関する情報がここまで公開されていることも、本書を読むまで知らなかったことのひとつだ。
これらの情報は、医師とのコミュニケーションをスムーズにし、治療における意思決定をする大きな助けになるだろう。
増える「治療の選択肢」
4~7章では現在行われているがん治療「外科療法」「放射線治療」「薬物療法」「免疫療法」それぞれについて、最新の知見を織り交ぜつつ解説する。がん治療で一番長い歴史を持つのは、4章で語られるがんの病変を手術により取り除く「外科療法」である。
かつては乳がん治療の手術と言えば、乳房はもちろん、大胸筋や鎖骨に至るまで、がんに侵された部位周辺を広範囲にわたり取り除く大手術が主流だった。この手術を受けると、がん再発の可能性は下がるものの、身体的に大きな不都合が残る。術後の外観が損なわれることも、患者の女性たちの心に傷を残したに違いない。
では、そのような手術なしに患者の生存期間を延ばすことは難しいのだろうか? この重要な点を科学的に検証する比較試験を経て、今日では「乳房温存手術」が乳がんの標準治療となっている。乳がんへの科学的理解と治療手段の進歩、早期発見が可能になったことにより、がん治療における外科手術の位置づけやその方法は大きく変化したのだ。
外科手術だけでなく、どの治療法に関する章でも、今日のがん治療の選択肢は昔よりずっと多く、がん患者の個々の事情に応じて治療方針を調整できる傾向にあるとわかる。早期のがんなら内視鏡で病変部だけを切除できるものもある。読み進めるほどに、もしもの場合に「多くの選択肢」を持てるよう、定期的ながん検診を受けようと強く決意するパートでもあった。
心も守る知識
本書のタイトルだけでなく、文中にも何度も現れるフレーズに「最良の方法」「(患者に)メリットがある」といったものがある。
「死なせない」だけでなく、がん患者に対し、予後や患者のQOLまでふくめた「良い治療」を提案できること、またそれを可能にする「がん治療の進化」に驚く。
本書でアップデートできる「がん」への知識は、肉体的にはもちろん、精神的にも厳しい闘病にあたり、心を守る強力な武器にもなるだろう。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
X(旧twitter):@752019