綿の少ないぬいぐるみのように
ジム通いや筋トレ、ストレッチをする目的は何だろう? 「痩せる」「スタイルキープ」といった美容に関するものだけでなく、「もっと走れるようになりたい」「スポーツで結果を出したい」など「動ける体をつくる」ことを目指す人も多いのではないか。
イチローや大谷翔平、ウサイン・ボルトといったトップアスリートのような「動ける体」には、鍛え上げられた筋肉が備わっているというイメージがある。彼らに憧れる人、アスリートとして上を目指す人には、筋トレが必須とも思われがちだ。
しかし、「筋力アップ」と「大きく鍛えた筋肉が競技の中で有効に働くかどうか」は全く別の問題だという。それどころか、先に挙げたアスリートたちの筋肉は、その身のこなしや言動から見て「徹底的にゆるみきっている」……と、『レフ筋トレ 最高に動ける体をつくる』著者の高岡英夫さんは考察する。
中綿が少なめの、人型の大きなぬいぐるみを想像してみてください。そのぬいぐるみの、頭のてっぺんを指でつまんでぶら下げて、直立させてみましょう。もちろん手を離したらクターッと潰れてしまいます。それこそ体が「タラーン、クターン」とした状態ですが、大谷はまさにそんな立ち方をしていたし、今もしています。
私たちが筋肉の存在を自覚するのは走ったり、何かを持ち上げるときだが、椅子に座り姿勢を保つだけ、あるいは息をするだけでも筋肉は働いており、その動きは些細なものでも脳によって制御されている。
ところが、筋肉をただ固く、太く鍛えるだけの筋トレは、体に余計な力が入るようになり、筋肉にも「力み」が宿ることになる。
ほとんどの人は主働筋が用もないのに何%か筋収縮し、無駄に力んでいる状態です。だから、脳から電気信号を受けても、その時点で100%の筋収縮はできない(つまり、筋肉としての機能を十分には果たせない)状態にあるわけです。
その一方で、
しなやかで、ゆるんだ、やわらかい筋肉を手に入れた人は、脳が活性化し、意識も澄んで、多様な要素を含んだ多方面のパフォーマンスが間違いなく向上します。
筋肉がやわらかくゆるみ、脳と体が高度に統合している「動ける体」――。本書でレクチャーするトレーニング「レフ筋トレ」で目指すのは、そんな体だ。
「レフ筋トレ」の“レフ”とは精製され洗練された、という意味の英単語「Refind」からとったもの。脳と体のより高度な統合を目指すトレーニングを意味している。
「脳」と「体」の統合
レフ筋トレで特徴的なのは、「軸」という概念だ。
アスリートたちが「綿の少ないぬいぐるみ」のようにゆるんだ体でいながら驚異的なプレーができる理由は彼らの持つ、ある“能力”にある。
その能力とは脱力してゆるみきっている体をまっすぐに立たせるための"装置"ともいえるもので、スポーツ界ではよく「軸」と呼ばれています。
この軸が「ある」のと「ない」のでは、体の動かしかたがまるで変わってくる。
本書には「美しいシルバーの地芯上空6000km」というフレーズがよく登場する。これは自分がまっすぐに立った(または座った)とき、自分の重心と地球の重心が一直線上にあり、体幹と頭の真ん中を通る「美しいシルバーの軸」が天に向かい抜けていくのをイメージしたものだ。
また、実際のトレーニングのときは「出力軸」という軸を任意のところに通すこともできる。腕立て伏せを例に見てみよう。みぞおちを貫く軸を体に通し、この軸で体を串刺しにするイメージで腕立て伏せを行う。
このへんかな」と思ったら、そこを中指でトントンと叩き、「こんな感じだろうな」くらいの気持ちで体を動かして、出力軸が的確に、スーッといい感じで通る位置、角度、ラインを見つけていくといいでしょう。結果、筋トレが快適になってくれば、それは脳、心、身体すべてが高能力化している証といえます。
これがうまくできると、体が軸をすっと通るようなブレのないフォームの腕立て伏せができるようになる。「軸」をイメージするだけで体の動きが一変することは、比較的早い段階で実感できる人が多いのではないだろうか。この腕立て伏せのように、軸に沿って体を制御し、動かすことが「レフ化」の第一歩になる。
筋トレの本としては、本書の文章量はかなり多い。体のフォームをわかりやすく示すための写真はもちろん掲載されているが、レフ化に必要な概念をテキストで読み、体の動きをイメージし、その通りに体の動きを制御するのがトレーニングのメインだ。単なる筋力アップでなく「脳」と「身体」の統合によって「動ける体」になることにベクトルが向いている。
脱力すること、“地球の芯”をイメージすること、動きに合わせて声を出すことなどによって体とその動きにどんな変化が出るか、ということはフォームの写真だけでは決してわからない。しかし、「イメージ」しながらやってみると、自分の体の動きが明確に変わるのが面白い。筋力の負荷自体は軽いので、一般の人も挫折を感じることなく取り組める。
アスリートだけでなく、「思い通りに動く体」を手に入れたい人は必読の一冊だ。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
X(旧twitter):@752019