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2026.07.01

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ALSと生きる「ニャンちゅう」声優が、絶望を乗り越え綴った命の記録

声優・津久井教生、ALSで声を失っても伝えたいこと

津久井教生(つくいきょうせい)。声優としてNHK Eテレのニャンちゅう役や『ちびまる子ちゃん』の関口くん役などで活躍し、2019年10月にALS(筋萎縮性側索硬化症)であることを公表。下肢の不調を経て呼吸困難にまで陥り、人工呼吸器装着のための気管切開で声を失った現在も、病気と並走しながら、ALSについてブログやSNSなどで積極的に発信しています。

本書は、そんな津久井さんが自身の身体の異変からALSと診断され、様々な介護を受けるなかで得た経験や知識をもとに、ALSとはどんな病気なのか、被介護者としての心構えや必要な準備、そしてその生活について赤裸々に綴ったエッセイであり、ALSという病気を優しく、そして明るく伝えてくれるALS体験記でもあります。

ALSとは、体を動かす筋肉を支配する神経が壊れていく、進行性の難病です。意識や五感などはありつつ、全身の筋肉が徐々に痩せて動かなくなります。そして進行すると歩行、会話、食事、呼吸が困難になり、3年~5年で寝たきり、そして死に至ると言われています。原因は解明されておらず、根本的な治療法も研究中の段階。TVドラマ『僕のいた時間』や漫画『宇宙兄弟』などでも取り上げられ、かつてに比べれば認知されているものの、本書内で津久井さんも言及していますが、まだまだ知られていない病気です。

平坦な道で転んだ……怪しい兆候、そしてALS診断へと至る克明な記録

足の異変に始まり、やがて腕や指が動かなくなり、寝たきりになって声も失い、本書のもととなったFRaUwebでの連載も最後は視線(目)による文字入力へ……そんな病状の変化を、時にユーモアも交えながら綴っている本書。
「秘儀・割り箸入力」。原稿はこんな風に打ち込んでいた
視線入力のトレーニング風景
津久井さんが最初に身体の異変を感じたきっかけは、なんでもない平坦な道で転んだことでした。当初は、新しいブーツに慣れていないから、もしくは老いによるものだろうかと考えていた津久井さん。しかし周囲に歩き方の違和感を指摘され、さらに体重も減少。やがて歩行も困難になります。整形外科→神経内科→大学病院にて診察や検査入院を実施し、最初の転倒から約半年後、ALSという診断が下りました。この過程における具体的な検査内容や医師とのやり取り、不安やイライラが募る中での病院との健全な向き合い方、検査にて太ももの筋肉組織を採取する際の生々しい描写(皮膚切開時は麻酔あり、しかし筋肉組織を採取する際は麻酔なし……痛そう!)、さらには高額な検査費用を軽減できる申請書提出のノウハウなどなど、自身の体験が後続の参考となるよう、広い視野と優しさを伴って描かれています。

ちなみに本書は全部で五章構成なのですが、各章にて「Writing by hands」「Writing by mouth」「Writing by eyes」という記載が。キーボードで手入力できていた章、手が動かせなくなって視線入力へと移行した章など、執筆手段を記すことで、ALSが進行性の病気であることを表現。第1章がby hands、第2章がby eyes、第3章以降がby mouthとなっており、自身の声優生活について書かれた第2章が本書刊行にあたって加筆されたパートであることもわかるのです。

治療法がないALSでも前向きに! 工夫によって日々の課題を解決

難病、しかも治療法が確立していないALSにおける闘病記と聞くと、どうしても重いイメージが先行します。しかし本書の場合、津久井さん自身の明るいキャラクターと、次々に生じる問題を乗り越えてやる!という心意気と工夫によって、読者がパワーを貰える、そんな内容になっています。

身体を動かすことが困難になり、自力では寝返りも打てなくなった津久井さん。しばらくは家族を起こして寝返りをお願いしていましたが、相手への負担も考え、なんとかこの問題をクリアするべく工夫を凝らします。それが「疑似寝返り」。電動介護ベッドの角度調節機能を駆使して「頭」「足」「高さ」といった各種ボタンを操作し、あたかも寝返りを打っているように脳に思い込ませる手法を思いつくのです。

また、ALS診断と並行して、腫瘍の摘出手術をしたときのこと。津久井さんは、術後すぐのリハビリ開始を勧める“ドSの看護師さん”に対して、傷口の心配をします。これに看護師さんは、点滴の麻酔がなくなれば痛いと思います、と回答。「痛いだけなのですね」「そうです、痛いだけです」というやり取りを経て、いざリハビリが始まる際には――
「さあ頑張りましょう、痛いだけですから」
「そうですよね! 痛いだけですものね!」
「合言葉は『痛いだけ!』」

本当に頑張りました。「ドM」で良かった(笑)
「痛い」の言葉がなんだかポジティブに響きます。こんな状況に直面したら「痛いだけ!」と唱えて、私も頑張れるかもしれないと思わせてくれるパワーワード、いただきました。
お腹をこれだけ切って、痛くないはずはありません
廊下はもはや自主トレ場。楽にやっているように見えるかもしれませんが、痛いんです

亡くした家族とのエピソードや声優論……津久井さんの人生が詰まった一冊

本書では、ALSやこれに伴う介護の詳細まで幅広く記述されていますが、同時に津久井さんの人生についても刻まれています。病気で亡くされた母親と弟の闘病時の体験は、自身のALS後の生活においてもひとつの指針となっていたようです。また、第二章全体を使って書き記した声優人生での貴重な出会いや経験、表現・演技メソッドなどは、声優として津久井さんが読者(そして声優志望者)に向けて伝えたかったことが詰まっています。
2019年10月の『ちびまる子ちゃん』収録にて。左からまる子ちゃん役のTARAKOさん、関口くん役の津久井さん、たまちゃん役の渡辺菜生子さん
声優としての自分、ALSと診断されてからの自分。ふたつの人生で得た知見の数々を惜しみなく、身体が自由に動かなくなってからも、口や目を駆使して、まさに全身で伝えようとしてくれている。介護において最もセンシティブであり、決して避けては通れない「排泄問題」についても事細かに記述。これはALSに限らず、老いとともに誰もが体験し得ることです。

長年にわたり、その声を使って様々な物事を表現し、伝えてきた津久井さんが、声を失ってなお、私たちに伝えようとしてくれていること。病気、家族、仕事、人生……全力で綴られた、大切なそれらすべてを余すところなく受け取って、自分自身の力へと変えることができる。本書には、そんなパワーが溢れているのです。

レビュアー

ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。

X(旧twitter):@hoshino2009

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