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2020.11.01

レビュー

手術で左胸を全摘し治療を続けながら夢を追いかける27歳、元SKE48矢方美紀

夢に向かって生きる女の子の日常

すとんと胸に収まる作品だ。『27歳のニューガン・ダイアリー』の主人公"美紀ちゃん"は名古屋で3匹の猫たちと一人暮らしをしている。声優を目指してオーディションやレッスンに通っている。25歳のときに乳がんが見つかり、手術と抗がん剤治療と放射線治療を受け、現在もホルモン療法を続けている。そして元SKE48チームSのリーダー。彼女は実在の女性だ。名前は矢方美紀さん。

アイドルとして活躍していた女性が若くして乳がんになり……と考えると読み手である私たちは心にクッと力を込めながら本書を手に取るかもしれない。

でも、その力みは、すぐにスルスルと抜けていくはずだ。もちろん美紀ちゃんの日常には、病気と、決して楽ではない治療が存在している。でも日常ってそれだけじゃないでしょ? と思い出させてくれるのだ。

ごはん食べたり……、



わかる。チョーカイテキ!

生活費を稼いだり……、



わかる。ごはんも寝起きする時間もシャンプーも全部自分で選べるし、自分でどうにかする。

夢が叶う日だってある。



声優として演じた作品がテレビで放映された瞬間の美紀ちゃん、いい表情だな。

そして目の前が真っ暗になりそうな日も。



乳がんがわかった日の夜。こんな大変な瞬間でも猫のヌーはかわいい顔で美紀ちゃんを見上げている。私たちはこのヌーの視点から美紀ちゃんの日常を見つめることになる。



1匹いるだけでも幸せなのに3匹も! ヌーの視線がとらえる美紀ちゃんの姿はいつもかわいい。この距離感がなんともやさしくて穏やかな気持ちにさせてくれる。夢に向かって頑張る女の子のお部屋にちょっとお邪魔するようなマンガだ。

ある日突然“ニューガン”に

ヌーが語る美紀ちゃんの物語には、“ニューガン”の話が時々あらわれる。そして美紀ちゃんの周りにはいろんな人がいる。まず、お母さんがとても素敵なのだ。病気がわかった日の美紀ちゃんとお母さんのやりとりはこんな感じ。



これから病気と立ち向かう娘に「(治療費のことは)心配すんな」「病院はいつも付き添う」と大切な2点を落ち着いて言えるお母さん。

ここから治療が始まる。まず、方針。自分の大切な身体のことだから、治療方法を決めるのは美紀ちゃん本人だ。乳房を全摘するかどうか? 乳房再建はどうしよう?



乳房再建の方法ってお腹の皮膚と脂肪を胸に連れてくるのか……! 痛そうだなと困惑する美紀ちゃんにお母さんがかける言葉にガッツを感じる。

そして主治医の“A先生”も素敵だ。お母さんと同じく、あきらめさせない人なのだ。



重い病気がわかってショックで怖いけれど、じゃあなんのためにその病気と闘うかというと、「まだまだやりたいことがいっぱいある」から。



美紀ちゃんは、仕事を続けて、しっかり治療もして、20年後30年後の人生を考えて生きようと決める。あっさりとした先生の返事も良い。このページを読むとムクムクと元気が出てくる。

別に髪がなくたって……いや、外見は大切です

無事手術が終わり、治療をおこなうフェーズに入ってからのお話も率直で忘れられない。



美紀ちゃんとヌーのやりとりが愛らしい。そう、ヌーと美紀ちゃんのあいだではなんにも関係ないよね、でも美紀ちゃんが外の世界に出るとき、美紀ちゃん本人は自分の姿がとても気になる。検索で調べるキーワードの切実さ。

「抗がん剤治療はつらい」とはよく耳にするけれど、それが私と近い世代の女性の日常に組み込まれると、どんな様子になるのかを私は今まで知らなかった。



いつか私ががんと闘う日が来たら、美紀ちゃんのように綺麗な色のネイルを塗ったり、メイクを工夫しよう。コスメがくれる元気ってすごく大切なことだと思う。



ウィッグでヘアスタイルを変えるのも絶対に楽しそうだし、ハイトーンカラーの坊主女子になってみるのもオシャレ。美紀ちゃんの髪型がクルクル変わるのも本作の楽しいポイントのひとつだ。

そして「ホルモン療法の副作用でホットフラッシュが起きて汗びっしょりになると、せっかくセットしたヘアスタイルも崩れてしまう」といった日々の風景を読むと、存在だけを知っていた「ホットフラッシュ」もリアリティのある困りごとに変わる。「暑い」なんてもんじゃない、オシャレの大敵なのだ。

恋をしたり、夢を叶えたり

実は本作を読む数ヵ月前に、偶然NHKのBS1スペシャルで矢方美紀さんのドキュメンタリー番組を観た。ちょうどお風呂上がりで髪を乾かそうと思っていたけれど、そのままタオルで頭をぐるぐる巻きにして放送が終わるまでテレビの前にいた。あの時どうしても「観たい」と思ったのは、自分と世代の近い女性の物語だったこともあるが、一番は「矢方さん、そのおっきな夢を叶えてくれ~~~!」と心を奪われたからだ。

本作はそんな私の心もたっぷりと満たしてくれた。



声優になりたい美紀ちゃんはレッスンに通い、タレントとして働き、ときどき病院に行き、バイトもする。そして名古屋のお気に入りの店で買い物もする。本作のコラムで日常のタイムスケジュールを書いてくれている。大丈夫? と思うくらい、もうめっちゃくちゃ忙しい。

27歳といえば外の要素も巻き込みつつ人生が目まぐるしく動く時期だ。仕事がみるみる面白くなってきたり、苦労したり、夢が叶ったり、恋をしたり。



楽しい……! 声優になる夢は「まだまだやりたいことがある」と治療を頑張るきっかけになった。今もその夢があるから毎日が忙しくも楽しい。どうか「矢方美紀じゃなきゃ!」と言われる声優になってほしい。いろんな場面で美紀ちゃんの魅力がさりげなくこぼれて、元気になれる1冊だ。

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。

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