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2026.07.02

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ブドウと発酵によるマリアージュが科学的にわかる。ワインの芳醇な香りと味わいはどのように生まれるのか

ワインを科学の言葉で味わう

ここ数年、レストランや温泉旅館で日本ワインをよく見かける。円安などの経済事情は関係なく、明らかに「おいしいから」並ぶワインたちだ。日本の食事にとても合う。一般の人の見学を受け入れてくれるワイナリーもたくさんある。

もちろん海外産のワインも楽しい。グラスでいろいろな地域のイタリアワインを出してくれるお店なんて最高だ(なので、メニューで4種類以上のグラスワインが用意されているお店に出合うと、「また行かなきゃ!」と思う)。

ブドウの品種や地域の名前はなかなか覚えられないし、そんなだから資格試験を受ける予定もないが、それでもワインは私にとっておもしろくて大切な飲み物だ。多様で、偶然の出合いがあって、秘められた法則性があるように思える。そうした魅力のおかげで、自分の味覚も広がっていくような気がして楽しい。

ブルーバックスの『最新 ワインの科学 芳醇な香りと味わいはどのように生まれるのか』は、そんなめくるめくワインの世界を科学の言葉でとらえた本だ。ワインの成分、ブドウ品種や品種改良、醸造の仕組みと歴史、さらにワインが健康に与える影響や最新のワイン造りまで網羅する。例えばブドウの品種改良ならば自然交配からゲノム編集ブドウまで幅広く紹介される。

日本ワインを取り巻く環境や、近年人気のオレンジワインや有機ワイン、そして気候変動など、まさに最新のワインを科学の視点から扱う。

そう、日本ワイン好きとしては「これ以上暑くなったら山梨や長野のブドウ栽培はどうなってしまうんだ」と心配でしょうがない。本書で紹介される「副梢栽培(ふくしょうさいばい)」はこれまでにない新しい栽培方法であり、気候変動への適応も期待されているという。
副梢栽培では、図のように花穂をカットする。将来ブドウの実になるはずの花穂を、あえてバッサリ切ってしまうメリットと注意点は?

もうひとつ、個人的にとてもうれしかったのは、最近よく耳にする「テロワール」という言葉の概念に、本書が科学側から迫っていた点だ。「テロワール」について一般的に語られる日本語解説は「そのワインが生まれる風土や文化……のような……」といったフワッとしたものが多い。ここ数年のグルメ記事やワインカタログに頻出する言葉だが、雰囲気だけで正体がサッパリわからず、私の中で要注意ワードだった。ただ、カタカナでそのまま使われているのは、別にオシャレだからではなく、「風土」や「文化」の一語だけでは取りこぼす何かがあるからだ。本書は、この壮大かつ難解なる「テロワール」に、ブドウ畑の土壌や、醸造で活躍する乳酸菌からアプローチする。今まで一番スッキリしたテロワール解説だった。

ワインの香りはどこで生まれるのか

おいしさは、それを味わう人独自のセンスで語られてもあまり不都合はない。とはいえ、おいしさには共通認識があり、特にワインのおいしさで最もよく語られる「香り」は科学的に表現できる。そしてそれはとても大切なことだ。
現在、ブドウ栽培家やワインの造り手にとって、香りはもはや感覚だけで語られるものではなくなりました。科学の進展により、香り物質を分子レベルで捉え、ワイン造りの各過程においてそれらがどのように変化し、ワインの中に現れるかを把握することが可能となったのです。
香りを科学的に理解することは、ワインそのものの価値やブドウ栽培・ワイン造りの物語を読み解く重要な手段なのです。
本書はワインの製造工程ごとに生成される香り物質が異なることや、それぞれがどのように生成されるかを詳しく解説する。

まずは製造工程ごとの香りの分類。
工程によって生まれる香り物質がまったく違う。ところで「第一アロマ(果実香)」と「第二アロマ(ワインらしい香気)」なら、ワインにとって大切なのは、やっぱり後者? いや、話はそう単純ではない。本書は第一アロマを「ワインの顔写真」と表現し、次のように解説する。
発酵によって生まれる香りが、ワインにボリュームや複雑さを与えるとすれば、ブドウ果実の香りは、そのワインに唯一無二のアイデンティティを授けているのです。
この事実は、ワインの香りが造り手によって「造られるもの」であると同時に、ブドウ畑で「育てられるもの」でもあるという本質を示しています。
ワインの奥深い魅力を感じさせる一文だ。同じブドウ品種でも育つ畑や地域によって味わいが異なる点も本書は科学の観点から解説する。

では、それぞれの香りは、どのように生まれるのか。アルコール発酵中の「発酵ブーケ」を見てみよう。酵母は、糖からエタノールを生成するタイミングで香り物質のエステルも作る。
ワインの香りは化学式で表すことができる。ちなみに、ときどき感じるヘンテコで不快な香りこと「オフフレーバー」も、同じようにその正体が特定されており、ワイン造りのどの段階でどのように発生するかも解明されている。
エステルの多くは、官能閾値が極めて低く、微量でもワインの風味に寄与しますが、オフフレーバーとして扱われます。(中略)
ワインに卵が腐ったような不快な香りが……。これは含硫化合物である硫化水素が原因で、いわゆる「還元臭」のひとつです。(中略)現在では硫化水素低生産性の酵母株が選抜されてワイン造りに利用されています。
また、アルコール発酵の次に訪れるマロラクティック発酵(MFL)も見逃せない。乳酸菌によるMFLの過程や仕組みとともに、最新の乳酸菌研究も紹介される。温暖化の影響で変わりつあるワイン造りで、乳酸菌は大切な役割を担っているようだ。さらに先ほど紹介した「テロワール」をより鮮明に表現する方法としても乳酸菌は注目されている。

甲州スパークリングワインの挑戦

ワインをさまざまな角度から学べる本書だが、もしあなたにお気に入りのワインがあるなら、「第5章 絶対に知っておくべき! ブドウがワインになるまで」は特に読んでいただきたい。ワイナリーを見学するように、それぞれのワインの製造方法の特徴や、おいしさの決め手、さらに最新の醸造事情を学べる。何より著者の鈴木俊二先生と乙黒美彩先生のワイン愛を感じさせる文章が楽しく、自分のお気に入りのワインを誇らしく感じるのだ。

例えばスパークリングワインの製法は、炭酸ガス注入法と瓶内二次発酵法(シャンパーニュ製法)の2つだが、本書は「どちらが優れているのか」といった単純な話で片づけない。

まず炭酸ガス注入法のスパークリングワインを「泡の粒がやや大きく、口の中でパチパチと弾ける爽快感が魅力、日常的に気軽に楽しめる一本」と評価し、その上で瓶内二次発酵法を「クリーミーな口当たり、複雑で奥行きのある風味と味わい、そしてきめ細かくいつまでも続く泡を備えています。特別な日に開けたい」と紹介する。そう、どちらもステキでおいしい。

さらに日本の代表的なブドウ品種の甲州でスパークリングワインを作る技術的チャレンジについても詳しく紹介されている。これは日本ワイン躍進の物語としても興味深い。
そもそも、シャンパーニュの伝統製法をそのまま甲州に適用しても、必ずしも理想的な味わいが得られるとは限りません。そのため、プレスからアッサンブラージュ(ブレンド作業)、マロラクティック発酵(MLF)に至るまで、甲州に最適な条件を一つひとつ科学的に解き明かす必要がありました。(中略)
スパークリングワイン用のブドウは高い酸度を確保する目的で早摘みされるため、甲州果汁のpHは2.8~3.2と極めて低い値になります。低pH環境は、MLFを担う乳酸菌にとって増殖や代謝が困難な環境です。加えて、甲州果汁は乳酸菌の増殖に必要な栄養素が不足しがちであることも問題となりました。
pH環境や乳酸菌の大切さについては、第5章に至るまででていねいに紹介されているので、甲州スパークリングワインのチャレンジの大きさを実感できるはずだ。

これはあくまで私の個人的な記憶だが、昔は「日本ワインはおいしい。とはいえ日本産のスパークリンワインは、味と価格のバランスからいうと道半ば」といった話を耳にすることがあった。でも最近はあえて日本のスパークリングを選ぶ場面が増えている。本書で甲州スパークリングワインの進化と魅力を感じられてとてもうれしかった。

ブドウが育つ土壌から、酵母や乳酸菌たちの小さな世界、そしてグラスに注がれ私たちが味わうまでのワインの旅を全7章の約300ページで楽しめる。科学とワイン愛に裏打ちされた、魅力的な本だ。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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