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2026.05.29

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弱い人類のしたたかな生存戦略──発酵の専門家が見た「小さな伝統」の世界

僕と同じように、現代の暮らしのなかでふと足を止めて、違う景色、違う価値観、違う時間軸に魅力を感じた人にこの本が届いてほしい。
生まれ育った東京から山梨県甲州市に移住し、「発酵デザイナー」として全国の醸造家・研究者たちと共同開発をおこなっている著者。本書はその活動記録をおさめた一冊……ではない。そういう実践本的な側面も確かにあるのだが、その行動に至るまでの思索と軌跡、先人たちの思想、現在取り組んでいるプロジェクトの実際と展望などが、まるっとスケール豊かに語られる。ひとりの思慮深い人間の、常に忙しく働いている脳内を覗き見るかのような感覚があり、それらすべては違和感なく結びついているのだ。

読み始めてしばらくは「想像と違った内容」に面食らうかもしれない。もう少し体験記寄りの内容かと思うと、前半はたっぷり哲学書と見まがうような記述が続くからだ。しかし、やがて読者も「その波に乗れる」ようになると、一気に読み進められるだろう。
人間は個人で「伝統」を所有することはできない。伝統を仕事にしているといっても、それはあくまで自分が現役で働ける数十年という「一時レンタル」なのだ。
アリストテレスのコンセプトに戻って考えるならば、伝統が宿るのは人そのものにではない。人と人とが何かを受け渡す、その「あいま=空間」に宿る。「あいま」が存在し続けるためには、絶え間なく誰かが味噌を醸し続けなければいけない。

(中略)
そう。家の主体は「血」ではない。「手」である。
「空間=あいま」は単に物理的な場所を指すわけではない。
そこは時間とともに連続してきた人の「行為」が充満する、歴史という文脈で編まれた空間なのである。
考えてみれば、職人さんは普段の日常のなかで沈思黙考する時間が圧倒的に長い。実は、日本中の蔵には名もなき哲学の徒が山ほど潜んでいるのではないか……本書はそんな印象も抱かせつつ、決して堅苦しい内容ではない。むしろ、ユーモア混じりの軽やかな文体をふんだんにちりばめ、読者をまるで緊張させない。
啓蒙主義は科学的な方法論にもとづいた、客観的な観察と統計や推論によって物事を比較・相対化していった。ロマン主義はその相対化に待ったをかける。すべてを相対化することはできない、だって自分が今感じている価値は他と比較できないスペシャルなものじゃん?
端的に言えばギャルである。もっとうちらのエモさを尊重して!
こんな感じの文体が随所に炸裂。言うまでもなく、語りのうまさは教えのうまさに繋がる技量でもある。

そんな著者自身も「学ぶ側」として、全国各地・世界各地に存在する発酵技術とその現場に、奥深い魅力を見いだしていく。

それは偉大なる過去の遺産であり、現在進行形の課題でもある。ローカルに根を張り、グローバルに価値を発信し続ける人々の豊かな営みは、読んでいて元気がもらえる。
2018年から2019年にかけて、僕は日本全国47都道府県をまわって、ローカルな発酵文化の調査を行った。醤油や味噌、日本酒など誰もが知っているものに限らない、その土地ならではのユニークな発酵の現場を訪ねて、つくられた場所、つくっている人、文化が成立した背景を調べていった。その結果、発酵には単に「美味しい」「健康に良い」だけでない価値があることに気づいた。
発酵はその土地における「記憶の方舟」なのだ。とりわけ小さな山村や漁村、離島において、発酵文化を紐解くことはその土地の歴史を紐解くことに等しい。
この現場取材&実践編のくだりも、かなりの読み応え。著者はジョージア(旧称グルジア)を訪ね、クヴェヴリという土器を使ったワイン製法から、その地域独特の醸造の歴史を学ぶ。かつてこの製法は社会主義体制のなかで存亡の危機にさらされたが、地下運動的にひそかに生き延び、いまや地元の名産品となった。現代日本においても、学ぶべきところは多い。
ソ連から独立した後、若い醸造家たちが再びつくりはじめたクヴェヴリ製法のワインは「復活」したのではない。8000年前から絶え間なくつくり続けられてきたから、今もつくれるのだ。微生物や酵素の働きをどのように観察するのか。土地の特性を活かして容器や道具をつくるにはどうするのか。つくり続けられるプロセスの中で、先人たちの蓄積された知恵が伝達され続けてきた。これは、ローカライズされた科学やエンジニアリングの履歴である。この土地で、どのように世界を認識してきたのかを「了解」するために、ワインを「つくる」ことを伝承してきたのである。

8000年にわたる「つくる」の伝承は、どんな大国であろうとマネすることができない。
大国にはもちろんマネできないし、人間の力だけでも同じものは作り出せない。発酵には微生物の力が必要不可欠であり、その種類や用法によって生まれるものも変わってくる。相手を理解し、どうすれば希望を叶えてくれるか。そのコミュニケーションの産物が発酵食品なのだ。
「つくるのは私ではない、微生物である」と味噌や酒をつくる醸造家たちは言う。それは「つくる」を手放すということだ。手放して、微生物という人間のルールが通じない存在に託す。
しかし彼らは微生物とのコミュニケーション自体を放棄したわけではない。
そうではなく、自分と全く違うありようの存在に合わせてコミュニケーション回路をひらいていく。違いを否定したり無理やり言うことを聞かせたりするのではなく、まず受け入れ、そして返す。彼らのことわりに沿ったやり方で。
その結果、自分がつくれなかった、あるいはつくろうとも思わなかった味わいが生まれてくる。これが発酵の面白みである。
微生物が健やかに過ごせる宿を提供し、活発な活動の場を整える必要もある。そのホスピタリティ能力も問われるわけだから、ホテル経営に通じるところもあるのかもしれない。人類滅亡後の地球で、異星から来た宿泊客をもてなすホテリエ型ロボットを描いたアニメ『アポカリプスホテル』をちょっと思い出した。閑話休題。

アリストテレス、ヘルダー、ガダマー、ハイエク、柳宗悦、岡本太郎といった過去の賢人たちの言葉を引きながら「伝統」について思いを巡らせてきた著者は、後半で自らの指針を語る。それは我々日本人に今後期待される生き方でもある。
まず僕たちがインプットする伝統を限りなく広く取る。自分が参照できる過去はすべて自分のなかに流れる伝統とする。古代ギリシャもジョージアのワインも日本のこうじぶたも民藝もすべて素材である。そのうえで、アウトプットは限りなく狭く取る。
狭い空間に圧縮されて地平融合が起きた末にたどり着く、ローカルな様式。それこそがグローバルな世界をサバイブする伝統、現代に生きる僕たちの武器となる「小文字の伝統2.0」なのである。
「伝統」というワードに重くて後ろ向きなイメージを抱いて、本書を手に取ることをためらう人もいるかもしれない。そんな人には、最後にこの「激励のメッセージ」を送ろう。
元気をなくしているように見える日本に生きる僕たちに必要な伝統とは何か。
それは、変わらないための伝統ではない。変わるための伝統。生きのびるために使い倒す伝統。伝承する手や感性に、無限のインスピレーションが湧いてくる伝統。つくることで、シェアすることで無限に変化し、エネルギーを引き起こす伝統だ。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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