けれど、この本はそれを真っ向から否定する。
『超富裕層に「おもてなし」はいらない 世界の一流が日本に惹かれる本当の理由』は、そのタイトル通り、“超富裕層”という存在を切り口に、日本の観光のあり方を問い直す一冊だ。
では、その超富裕層とは、どんな人たちなのか。
本書を読んでまず感じたのは、その“生態”を知る面白さだった。
筆者の経験則から言える富裕層の特徴として、(1)人と同じはいや、(2)面倒くさがり、(3)でも、仲間は大切、という特徴を先に挙げた。また、(1)そもそも富裕層は開示しない、(2)コロコロ変わるのは論外、(3)時間泥棒は大嫌い、といった点も挙げられる。
たとえば、「何もしないこと」が贅沢だという価値観。超富裕層にとって旅の目的は観光そのものではなく、「日常から離れて、静かに過ごすこと」にある。その延長線上に、その土地ならではの魅力――いわゆる“キラーコンテンツ”があれば十分、という考え方だ。
つまり、旅とは予定を詰め込むものではなく、“余白を楽しむもの”なのである。
この前提に立つと、「おもてなし」が必ずしも歓迎されない理由も見えてくる。
「おもてなし」が「日本はいい国」のイメージを後押ししている面は否定しないまでも、それ自体を求めてインバウンドが来日している訳ではない。そもそも日本流「おもてなし」は彼ら彼女らの日常にはなく、自国と同じような接客サービスや応対、または、いわゆるグローバル・スタンダードなサービスのほうが価値は高いのだ。
“丁寧に尽くすこと”が、必ずしも価値になるとは限らない。この視点の転換は、強く印象に残った。
ここで、自分の中にあった“インバウンド”のイメージが大きく揺らぐ。
これまで思い描いていたのは、寿司やラーメンを楽しみ、アニメやマンガの聖地を巡り、「JAPAN RAIL PASS」で日本を旅する観光客像だった。しかし本書で描かれるのは、そうした一般的な観光とはまったく異なる視点で日本を選ぶ人たちである。
同じ「訪日客」であっても、見ている世界はまったく違う。その事実に触れたことで、観光の捉え方そのものが広がった感覚があった。
この視点の広がりは、地方のあり方を考えるうえでも示唆に富んでいる。
超富裕層をターゲットにすることで、少ない人数でも大きな経済効果を生む――そのロジックは非常に合理的だ。もちろん、それが本当に望ましい形なのかは簡単には判断できない。
地域の個性や持続性といった観点を含めれば、賛否が分かれるテーマでもあるだろう。
それでも、誰に向けて価値を届けるのかを選び取ることの重要性には、強く納得させられる。
私はこれまで海外を旅する中で、その土地の人との何気ない交流にこそ価値を感じてきた。だからこそ、日本を訪れる人にも同じように「よい思い出」を持ち帰ってほしいと考えていたし、それは日本らしいおもてなしによって生まれるものだと信じていた。
しかし本書は、その考えがすべての人に当てはまるわけではないと教えてくれる。
あれもこれも詰め込む「幕の内弁当」のような魅力は、日本の大きな強みである。けれど、超富裕層にとっては、その親切さが過剰となり、かえって心地よさを損なう可能性もある。
日本らしさを押し出すだけでなく、グローバルスタンダードな快適さを前提にしたうえで、土地ごとの魅力をどう届けるか。この視点は、これからの観光を考えるうえで欠かせないものだと感じた。
日本が観光の国として持つ可能性は、まだまだ広がっていくはずだ。
その魅力をどう届けるのか――。
そんな問いを、静かに手渡してくれる一冊だった。








