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2026.05.11

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子どもを壊す教育か、意欲を伸ばす教育か!? 荒れた教室を立て直してきた教師が見た真実

2016年、四国のある小学校の2年生の教室を訪れたとき、私は目を疑いました。子どもたち全員の机の下に、足型が置かれていたのです。
「何ですかこれ?」と尋ねると、学校を案内してくれた先生はこう答えました。
「この位置に足をちゃんと置いて座れ、という指示なんです」
椅子の座面を見ると、クッションではなく滑り止めのマットのようなものが敷かれています。「おしりをこの位置に置きなさい」「動かしてはいけません」ということです。思わず、“教育虐待”という言葉が頭をよぎりました。「そこにじっと座って、学力を上げなさい」と、学校側から強制されているとしか見えません。
この本の表紙にもなっている奇妙なイラスト図解は、学校側が小学生に「正しい座りかた」を指示するものだった。いまはもう撤廃したというが、まるで刑務所のような厳格さ、窮屈さである。

また別の小学校では、お昼の給食前の「ランチビフォー」なる時間に、生徒たちに勉強をさせているという。食事の準備で机は使えないので、椅子の座面を机がわりに、各自膝をつかせて(下図参照)。これこそ刑務所さながら、というか懲罰房のような光景だ。これでは一生、勉強にも学校にも教師にも反感を抱いても無理はない。
図2●給食の準備時間にプリントを解く子ども。机は給食が置かれるので椅子を机代わりにしています。
図2●給食の準備時間にプリントを解く子ども。机は給食が置かれるので椅子を机代わりにしています。
イラスト:野波ツナ
著者は33年間に及ぶ教師生活を経て、“教育実践研究家”として活動を始めた人物。全国の国公立小学校に招かれ、3000時間以上の飛び込み授業(示範授業)をおこなってきた。本書は彼の経験をもとに、現代日本の学校教育の実態、そこから考えられる「理想の教育」の姿を浮かび上がらせていく。

その活動の原点は、北九州市での教員時代にさかのぼる。30代に入ったころの著者は、教室で自己紹介ができない子どもの指導方法について考え始めていた。そのときに得た先輩の言葉が、彼の将来を決定づける。同時にそれは、安定したスタンダードな教員生活を放棄する道も示唆していた。
私の師匠であり、自らも中学校教師として実践的な国語教育を研究されていた桑田泰佑先生にも状況を相談しました。すると「もっと本格的にコミュニケーション教育をやってみなさい」と。私は当初、頭を抱えたものです。「これで教師としての出世コースや、教育界での主流派から外れていくな」と。なぜなら、いまでもそうですが、「教科書の教え方がうまい先生」こそがいい教師とされているからです。
教員時代、著者は「荒れている教室」をいくつも立て直してきたという。いわば叩き上げの実践派だ。やがて彼は“教育実践研究家”として全国の小学校を回るようになり、問題を抱えたクラスや学校は日本中に存在していることを知る。そして、それは生徒自身や家庭内の問題ばかりではなく、むしろ学校側の問題、教育システムの問題も大きいという確信を得ていく。
荒れている日本の公立小学校の学級の多くが、クラスメイトの話を聞けず、また自分でも話せないという共通点があります。教室内で相手への関心が少なく、相手がどういう人かわからないので自分の発言が周囲にどう受け入れられるかもわからない。したがってどんな発言で自分が教室での攻撃対象になってしまうかいつも不安で、おたがいが敵意を持ってしまうという状況に陥ります。

この教室も、不安や敵意が充満していたのでしょう。教室が心理的に落ち着かない場所だったという点が想像できました。
何が子どもたちをそんなギスギスした心理に追い込んでしまうのか? そんな状態へと彼らを導いてしまう、いくつかの環境のスイッチが、本書では詳細に語られる。先ほど述べた「足型」や「給食時間学習」もその一例だ。

そういった文字どおり“型にはめる教育”に加え、子どもたちの“コミュニケーション能力”不足も、深刻な課題であると著者は考える。

2020年の新型コロナ禍以降にも、そんな「まず型にはめて、伸ばすべき力を伸ばさない」指導や教育方針が生まれているという。1980年代育ちの身としては「そんなことになってるのか……」とか「知らなかった……」とか嘆息混じりに呟いてしまうのだが、そういう場当たり的な方策を思いつきがちなのは自分たちの世代や、その周辺世代に多いような気もする。2000年代以降の若者たちのほうが、ある種の諦念や用心深さ、できるだけ嘘のない生き方をしたいという切実さを身につけているのではないか……というのも勝手なイメージだろうか。
このICT教育が活発になったのは、新型コロナウイルスのパンデミックの時代です。もしかしたらこの教育が、私立小学校などの一部の学校では子どもの成長や学力向上に効果を見せているのかもしれません。しかし、全国の子どもたちの98%が通う公立小学校ではうまくいっているとは思えないケースが多いようです。
昔、一緒に勤めていた北九州市の先生が、地域のICT推進担当になったことがあります。「これは学級づくりにプラスになるの?」と聞いたら即座に「違います」と。同時に「これは絶対に表立って言えないことですが」と前置きし、使ったか使っていないかが重要で、どう使ったかは問われない。ここでも、文部科学省の方針を受けて教育委員会がやると言えば、NOと言えないのです。
こうした状況で現職教師を続けながら新たな教育の道筋を模索するのは、至難の業だろう。著者が教職を離れ、独自の方法論の確立と実践に舵を切ったのも納得が行く(それだけ現代の「学校の先生」の仕事は多すぎる、というのは以前レビューした『愛着障害スペクトラム こどもの気持ち&支援スキル大全』を読んでいても思った)。著者は子どもたちを健全に教え育てるという学校教育の命題に立ち返り、「コミュニケーション科」の設立を提唱する。その大まかな授業方針は、以下のようなものだ。
授業では、子どもたちにあるテーマについてどんどん話し合ってもらい、「おたがいを理解し合う技術」を実践的に身につけていきます。もう少し具体的に言うなら、「相手の話を聞き、自分の考えを伝える力を、体系的に身につける」もの。
私はこの、コミュニケーション科を「あたたかい人間関係を築きあげる力を育て合う教科」と定義しています。
「道徳」のようなもの?と思う読者もいるかもしれないが、既存の教科との内容/目的の違いも、本書では分かりやすく解説される。近年、濫用・曲解・悪用されがちな「多様性」という言葉を避けるなら、相互理解や対話力育成のための授業といえるかもしれない。
授業が面白くないのも、学級崩壊が起きるのも、不登校が増えるのも、結局は人と人とのつながりが希薄だからです。コミュニケーション科により、あたたかい人間関係を築く力を育てることで、教室が落ち着いた環境となり、結果として学力が向上する土台になるのです。理想を言えば、国語、算数、理科、社会の主要科目にそれぞれコミュニケーションの要素が溶かし込まれている姿が望ましいですが、まずはわかりやすく、この科目の設立を提唱します。
これまでの点数至上主義、減点法の教育から、成長・変容主義、加点法の教育へ。ひとりも見捨てない、ひとりをつくらない、ひとりが美しい――そんな教室を全国に広げていくことが、日本の教育を変える鍵なのです。
本書には、著者と子どもたちの実際のかかわり合いについても、多くのエピソードが語られている。時にそれは著者自身にも学びを与える体験でもある。きっとこういう経験があるから、彼はこの仕事から離れないのだろうな……と思わせる場面であり、もちろん読者の胸も打つ。そのひとつを挙げよう。
授業参観に参加させてもらった小学校3年生の教室でのこと。私が教室の後ろの壁にあった作文を眺めていると、子どもたち3人からこう声をかけられました。
「これ、何の作文だと思いますか?」
じつは子どものほうから、外部から来た私のような存在に話しかけてくれるのはなかなかないことです。
私が壁に貼ってあった作文を読む、という関心を示したら、それを喜び、読んでいた私への関心で返してきたのです。よい教室だな、と思ったものです。そうでなくとも、教室が子どもたちの創作物であふれている教室はいい雰囲気のところが多いです。先生が書いた掲示物が整然と多く貼られている教室よりも、「主体性」や「自治」の雰囲気が感じられるというものでしょう。
何事もそうだが、社会の変化には時間がかかる(特に日本社会全体が「戦前」に退化していっているような現状ではなおさら)。本書後半では、家庭でも実践可能な「より良い教育」について語られる。まさにいま、子どもの教育問題にリアルに取り組んでいる親御さんにとっては、学校教育の進化に期待するよりも手っ取り早く、役に立つアドバイスに出会えるのではないだろうか。
私自身は教室で、いくつかの心がけを持って子どもたちに接していました。このなかに、ご家庭でもご活用いただけるものもあるでしょう。
まずは「怒る」と「叱る」を区別すること。
「怒る」は単に感情の矛先を相手に向けること。一方、「叱る」は相手を思って強く意見をすることだと。
子どもにとって、敬語は難しいものかもしれません。しかし、公で自分の力を発揮するためにはいちばん確実なツールだと思います。逆に敬語が不安だと、自分の力が発揮しにくくなるのではないでしょうか。そこに気を取られているようではもったいないです。だから私は声を大にして言いたいです。
「敬語とは自分の世界を広げるためのパスポート」と。
「親ガチャ」という乱暴なスラングが一般的になりつつあるが、同じように「学校ガチャ」や「先生ガチャ」といった残酷な事態も、当然存在するだろう。その不幸や不運をまったくの皆無で一生を過ごすことは、きっとありえない。そのための対策や備えは、やはり周囲の大人たちが用意しなければならないのだろう。

それでも、子どもたちには「いい先生との出会いは、一生忘れないものだ」とも伝えたい。本書を読みながら、温かい記憶と再会できる人もいるのではないだろうか。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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