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2025.06.04

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年間1600時間! 子どもの人生が変わる放課後時間を、塾と習い事で埋めていませんか?

両親が共働きだったので、小学校低学年のころは放課後には学童保育に通っていた。いまから40年ぐらい前の話だ。正直言って学校よりも居心地がよく、別の学校から来る友達にも会えたし、先生はいい人ばかりで、いろいろ外出イベントもあったりして、楽しかった思い出しかない。ただ、みんながみんな同じ経験をしたわけではないようだ。
「友達も来ていないし、学童保育はつまんないんだよね」
保育園には楽しそうに通っていたのに、学童保育はつまらない……。大人びた言い方をする小1男子の言葉が耳に残り、翌日、私はご迷惑をかけたお詫びをしようと学童に行ってみました。先生方は紳士的で、非常に親切で好印象。でも、子どもたちの過ごし方をしばらく見ていて、「なるほど。これはつまらないという気持ち、よくわかるな」と思ったのを覚えています。
著者は本書のプロローグで、学童保育に預けていた小学1年生のわが子が脱走してしまうという、親ならヒヤリとするエピソードを披露する。そして、そのときに考えた現代の学童保育のあり方、自身の子どものころの体験をもとに、2006年に民間学童保育「キッズベースキャンプ」を創業。現在は代表取締役社長として、理想の「放課後時間の使い方」を追求しながら、子どもたちの成長と向き合っている。
保育園も学童保育も親の仕事の都合で「預けなければならない」場所ではなく、子どもが「行きたい!」と思える場所であることが大切です。子どもにとってそこにいる時間がつまらないものであれば、放課後時間が苦痛になってしまいます。実際、「はじめに」でも書いたように、私の長男は通っていた学童から脱走してしまいました。
だからこそ、学童保育に関わる大人たちは子どもたちが毎日を楽しみながら過ごせる環境づくりを第一に考えています。子どもが楽しんでいれば、保護者の方も「自分のキャリアのために預けている」といったネガティブな意識を持たずにいられます。
著者曰く、小学生の子どもたちが放課後に過ごす時間は、年間1600時間に及ぶという(土曜日や夏冬の長期休みも含めれば、学校で過ごす時間よりもずっと長い)。そして、この時間にこそ、学校では習わない「人間力」の礎となる「非認知能力」を高めることができるのだという。

本書では、その放課後時間の大切さ……子どもたちにとって必要な「学校教育以外の学び」を身につけられる時間の重要性を説きつつ、著者が民間学童保育の経営者として実践する多彩なプログラムの数々を紹介していく。先述の「非認知能力」「人間力」とは何か、それらを伸ばすためにどうすればいいかという具体的な解説も興味深い。いままさに子育てに取り組んでいる人はもちろん、現代の教育のあり方について考えたい人にも一読をすすめたい1冊だ。

たとえば「キッズベースキャンプ」のプログラムのなかには、川遊びやキャンプなど、自然と触れ合う機会も大事なイベントとして用意される。ケガをする可能性など、ある程度の危険はつきものだが、それも子どもたちにとっては必要なことだと著者は説く。
安全と楽しさは、時としてトレードオフの関係です。心配する大人の過度な安全管理は子どもの自由を奪い、楽しさと成長の機会を失わせてしまいます。逆に、楽しさだけを追求すると危険が増していく。
大切なのは、このバランスを見極めること。私たちは安全を確保しながらも、主体者である子どもたちの「やってみたい」という気持ち、自己決定する自由を尊重しながら、その思いを実現できる場を用意します。そうすることで、子どもたちは自然と成長の階段を上っていってくれるのです。
また、年に一度のイベントとして、子どもたちに経済の仕組みや商業活動を体験してもらう「KBCタウン」というお祭りも開催されるという。その内容は、ユルい高校の学園祭などよりずっと本格的だ。
これは子どもたちが自分の力で一つの街を作り上げる取り組み。模擬店の企画から準備、運営まで、すべてを子どもたちが担い、販売する商品、店の装飾、接客の仕方まで話し合って決めていきます。
ビジネスとして本気で取り組みますから、売り上げ目標を設定し、店長・副店長・販促担当などの役割分担を決め、接客の練習などを行い当日に臨みます。会場内では疑似通貨である「ケビィ」を流通させ、子どもたちが保護者をはじめとする大人のお客さんを出迎えるのです。
もしかしたらそこで資本主義社会の矛盾や問題点に気付いてしまう子もいるかもしれないが、それはそれできっと健全なことだ。小学生のころからそうした経験を積んだ子どもたちがどのように成長していくのか、興味はつきない。

著者は大人として、あくまでも子どもたちの自主性を重んじ、知識や経験を吸収して成長していく子どもたちの「手助け」をするという姿勢を貫く。これもやはり、保護者や学校などが見失いやすい部分ではないだろうか。
子どもを一人の人格者として捉え、子どもには子どもなりの思いがあり、考え方があり、やりたいことがある。それを尊重する姿勢を持ち続けることで、初めて本当の対話が生まれます。その上で、「自分で発見した」「自分で答えにたどり着いた」という経験を積むことが、子どもの大きな自信になるのです。
それは人間力の土台となる自己肯定感を高めてくれます。
また、1日のうちに隙間なく勉強時間を詰め込むよりも、遊びや考える時間といった「余白」をこそ大事にする。そのほうが学力を伸ばすうえでは効果的だと著者は言う。そこには、前述した子どもの自主性の尊重に加え、児童心理学に関する知識に裏打ちされた分析もある。
「遊んでいる時間がもったいない。もっと勉強してもらいたい」
(中略)
親がやきもきする気持ちはわかります。でも、本当に遊んでいる時間はもったいないのでしょうか?
私はそうは思いません。子どもの学力向上には、非認知能力が大きく関わっています。なぜなら、学習の動機となる知的好奇心や探求心を育むことが大切であり、さらに重要なのは自律心です。どれだけ頭が良くても忍耐力や行動をコントロールする力(本能的欲求を理性でコントロールする力)がなければ、学力は伸びていきにくいからです。
本書は読み進めるうちに、大人のほうが学びの大きい内容にも思えてくる。日常生活における「余白」も、毎日あくせく働く大人たちにとってはきっと必要なことだろうし、子どもとの相対しかたについても、まず大人側の認識を変えなければならない場合も少なくないはずだ。
実は人間力を育むきっかけ作りで最も重要なのは、私たち大人の日常的な振る舞いにあるのです。ただし、ここで注意したいのは、私たち大人が完璧を目指す必要はないということ。完璧を装おうと無理をすると、子どもへの価値観の押しつけになってしまいかねません。
大切なのは、子どもと一緒に成長していこうという姿勢です。子どもに「こうあるべき」と教え込むのではなく、日々の生活の中で、少しでもよい姿を見せること。それが子どもの人間力を育むための、最も自然なきっかけとなるのです。
大人であれば、既婚・未婚や子どもの有無にかかわらず、ただ信号待ちで親子連れとすれ違っただけでも、「子どもに見せたくない姿」を想像したことがあるはずだ(信号無視をしてはいけないとか、青信号に変わるのが遅くてもあんまりイライラしてはいけないとか、視覚障碍者用の点字ブロックを遮ってはいけないとか)。私たちの振る舞いは、確実に次世代に影響を及ぼす。実は大人たちにこそ「君たちはどう生きるか」と真剣に考えさせる1冊なのかもしれない。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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