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2026.04.28

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【有罪率99.9%】世界に誇る精密司法のカラクリ。犯罪者を作るおどろきの刑事司法

世にも恐ろしい刑事司法の実情

『おどろきの刑事司法 “犯罪者”の作り方』というタイトルだけど、「おどろきの」の部分は相当に控えめであって、ここは「恐怖の」でもいいし、「悪魔の」でもいい。それほどにホラーな話なのだ。ジェイソンや貞子に関われば「死」に至るように、日本の刑事司法にかかれば99.9%の確率で有罪判決を受けて社会的な「死」に至る。場合によっては、生命的な「死」に至ることもある。

あなたが無実であったとしてもだ。

著者は2009年の「郵便不正事件」で虚偽有印公文書作成容疑等の罪で逮捕・起訴されるも、翌年に無罪が確定した村木厚子氏。第一部の第一章、第二章は、村木氏が巻き込まれた「郵便不正事件」での経験が書かれているのだが、検察がいかに密室で “犯罪者”を作るのか、詳細な記録となっていてゾッとする。
検察側に都合のいいこと、検事が欲しいところしか調書にはならない。取調べの目的は「真相の解明」ではないのだと、つくづく思い知らされました。
たとえばこんな感じだ。

郵便不正事件で逮捕された人物Cに会ったことはないかと検察から訊かれ、村木氏は「役所には大勢人が来るので、これまで会った人全員を覚えている自信はありません(後略)」と答えた。すると調書には「私はCさんに会ったことはありません(後略)」と完全否定する文章になっている。直しを求めても「調書というのはそういうものですから」と直してくれない。
実は、検察は関係者から「村木とCが会っていた」という虚偽の調書を取っており、村木氏の「会っていない」と言い切る調書があれば、嘘をついたことになって逮捕する理由ができる。また裁判でも村木氏の言うことは信用できないという印象を作り出し、裁判官に悪いイメージを植え付けられる。検察を前にして、誠実に「話せることは話す」というのは、いとも簡単に彼らの術中に嵌まることを意味する。

「そんな調書、認めなければいいじゃないか」と思うかもしれない。だが、現実はそう単純ではない。否認を続ければ、起訴前には最大20日間の勾留が認められ、その後起訴されれば、公判が続く限り身柄拘束が長期化することも少なくない。実際、村木氏は起訴後も勾留が継続され、最終的に164日間に及ぶ身柄拘束を受けた。これが、否認すると出られないと批判される「人質司法」の実態である。そして検察は言う。
「僕の仕事は、あなたの供述を変えさせることです」
「執行猶予が付けば、たいした罪じゃない」
刑事法学者の平野龍一氏は、こう記している。
「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」

あなたにも突然降り掛かってくる“犯罪者”の汚名

本書を読んでから、ニュースで「容疑者は容疑についての認否を明らかにしていません」「容疑者は容疑について否認しています」と聞くと複雑な気持ちになる。逮捕、起訴された容疑者は実際に犯罪を犯したのかもしれないが、そのなかに無実の人が含まれているのではないか? これまで「なにか疑われるようなことはあったのだろう」とか「日本の警察や司法は、そんなに能無しじゃない」と思っていたものが、そうではなくなった。そして「もし自分が当事者になったとしたら」と考えてしまう。

突然、当事者になりえるケースの最たるものが痴漢事件だが、近年では企業経営者や会社員が通常の業務に絡んで犯罪を疑われ、逮捕、長期勾留されるケースがいくつも起きている。土地取引を巡って業務上横領を行った容疑で逮捕・起訴された東証一部上場企業の山岸忍社長(プレサンス事件・2021年無罪確定)。生物科学兵器に転用可能な機械を中国に不正輸出したとする「大川原化工機事件」(2021年東京地検が公訴取り下げ)もそうだ。特に後者は、人質司法による長期勾留で進行性胃癌の治療を受けられなかった相嶋静夫さんは、命を奪われてしまった。

どうして検察は(同様に裁判所は)、こうした体質に自らメスを入れられないのか?
郵便不正事件で証拠を改ざんした検事をかばい、犯人隠避で逮捕・起訴された大阪地検特捜部長はこう言ったそうだ。
「取調べをすべて録音録画してくれないと捜査に応じられない」
この時点では、取調べの録音・録画、いわゆる「可視化」はまだ法的に義務付けられていなかった。つまり、密室で行われる取調べの中で、被疑者が何を述べ、取調官がどのように誘導したのかを、後から客観的に検証する手段はほとんど存在しなかった。この大阪地検特捜部長は、録音も録画もない取調べでは、自らの供述内容が調書に正確に反映されず、捜査側に都合のよいストーリーへと組み替えられかねないことを熟知していた。取調べの録音・録画を強く求めたのは、検察官個人として「自ら行ってきたことがどういうことか」を理解している証拠だ。

ちなみに、郵便不正事件を契機とする一連の冤罪問題を経て、2016年の刑事訴訟法改正により取調べの可視化は制度化され、2019年から本格施行された。もっとも、その対象は裁判員裁判事件や検察官独自捜査事件に限られ、刑事事件全体で見れば義務化されたのはなお2~3%程度にとどまる。すなわち、日本の刑事司法において、なお大多数の事件では、取調べは依然として密室の中で行われているのである。

組織や個人の判断に誤りがまったくない。絶対に失敗してはならない。間違いを認めない。そういった前提で前例を踏襲し続け、責任を回避することを「無謬性の原則」というが、それが日本の刑事司法を貫いている。有罪率99.9%という数字に縛られ、代々受け継がれた技術でもって供述調書を書き続けている検察と、それを受け入れる裁判所。間違いを認めない、認められない組織、人物とはどういったものか?
「バンッ(強く机を叩く音)。嘘だろ。今のが嘘じゃなかったら何が嘘なんですか。何を言ってるんだ! ふざけんじゃないよ! ふざけるな! 家族に誓って、良心に誓って、嘘をつかないって言ったのに、嘘をついてまだ言い訳するなんて、ひどいだろ! どういう頭の構造してるんですか。どういう神経してるんですか! 検察なめんなよ! 命懸けてるんだよ俺たちは。あなたたちみたいに金を賭けてるんじゃねえんだ。なめるんじゃねえよ! 必死なんだよこっちは。あなたに嘘をつき続けさせるわけにはいかないんだよ」
(プレサンス事件で大阪地検特捜部での取り調べより)
まるで子どもがキレているようだ。
こうした刑事司法をそのままにして良いのか?
先日、有罪が確定した刑事裁判をやり直す再審制度を巡り、法務省の法制審議会が答申内容を明らかにした。その大きな問題点は2つ。
・再審請求手続きで捜査機関保有証拠の開示範囲を限定する。
・再審開始決定に対する検察官の不服申し立てを従来通り維持する。
これが意味するのは「日本の刑事司法は、なにひとつ変わらない」ということだ。
村木氏は言う
無関心は、ときに人を無防備にします。
まずは知ること、知ろうとすること。今、眼の前にある危機から目を背けてはいけない。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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