この本は〈子ども〉のための哲学入門書である。〈子ども〉といっても、実際の年齢が子どもである必要はない。まあ、さしあたって、子どもの心をもった、という程度の意味に理解してもらえばいい。
この本のもう一つの特徴は、自分で哲学をするための入門書だ、という点にある。野球の入門書だって、将棋の入門書だって、プロ野球やプロ将棋の鑑賞の仕方ではなくて、自分で野球や将棋をするための入門書だ。哲学だってそうだ、というのがぼくの考えである。
ほんとうのことを言ってしまえば、他人の哲学なんて、たいていの場合、つまらないのがあたりまえなのだ。おもしろいと思うひとは、有名な哲学者の中に、たまたま自分によく似たひとがいただけのことだ、と思った方がいい。いずれにしても、他人の哲学を研究し理解することは、哲学をするのとはぜんぜんちがう種類の仕事である。
哲学というものは、最初の第一歩から、つまり哲学なんてぜんぜん知らないうちから、何のお手本もなしに、自分ひとりではじめるのでなければ、けっしてはじめることができないものなのだ。つまり、哲学の勉強をしてしまったら、もうおそいのだ。勉強は哲学の大敵である。
(中略)ぼくが読者の方々に伝授したいやりかたは、とてもかんたんなものだ。大人になる前に抱(いだ)き、大人になるにつれて忘れてしまいがちな疑問の数々を、つまり子どものときに抱く素朴な疑問の数々を、自分自身がほんとうに納得がいくまで、けっして手放さないこと、これだけである。
著者は哲学・倫理学の専門家として、信州大学や千葉大学、日本大学で教鞭を執るかたわら、多数の著書を世に送り出してきた。本書の原本も、30年前の出版以来、ロングセラーとして多くの読者に読み継がれている。今回の刊行では、タイトルに「完成版」とある通り、30年前に刊行された原本に修正と加筆を施し、さらに「現在の観点から訂正すべきいくつかの点について」と題する「完成版補論」も収録された。
著者が新たな形で送り出した本書は、自らのうちに湧き出る「どうして」「なぜ」に、世間が用意した言葉やルールでかき消すことなく向き合い続ける人たちに寄り添う本だ。日々という現実を生きる中で、心の内に問いを抱き続けることは、時に面倒で厄介でまどろっこしい。それでも、もしあなたが疑問を持つことをやめられない<子ども>であるなら、それを止める必要はないと、著者は本書を通してエールを送っている。
正直に言えば、すべてを一読で理解するのは難しいかもしれない。それでも、原本を読んだ時よりもはるかに、今回の読書では自分の中にある〈子ども〉の問いを抱きしめることができた。今はまだらな私の読書も哲学も、これから読み直すたび、少しずつ完成版に近づくことを願いたい。








