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2026.02.05

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日本軍への「裁き」は、平和創造の礎となったか? 対日戦犯裁判の歴史的な成果と課題

法から捉え直す戦犯

最近はあまり見なくなったけれど、戦後日本を描いたドラマには、巣鴨プリズン(現在の池袋サンシャインシティあたりにあった)に収容された戦犯(戦争犯罪者)の夫や親族を待つ家族がよく登場していた。「戦争は終わったのに、お父ちゃんはまだ帰ってこないの?」といった台詞があって、戦後の混乱期を生き抜く妻が描かれる。夫はだいたいB C級戦犯という設定だ。A級戦犯はさておき、おおよそ現在の日本人が抱く戦犯へのイメージは「上官の指示でやったことなのに、勝者の連合国によって一方的に裁かれた、かわいそうな兵隊さん」という印象ではないだろうか。いや、そんなイメージもまったくなく、「なにそれ?」かもしれない。

東京裁判(極東軍事裁判)で裁かれた、東條英機ら国家指導者28名が通称A級戦犯と呼ばれていることもあり、A級B級C級戦犯は、被告人の地位の上下や、罪の重い/軽いで分けられていると思われがちが、実はそうではない。これらは3つの犯罪類型によって分けられる。
A級犯罪:平和に対する罪。侵略戦争の計画、開始など
B級犯罪:通例の戦争犯罪。ジュネーブ捕虜条約など従来の戦争法規の違反。
C級犯罪:人道に対する罪。自国民を含む文民に対する戦前・戦時中の非人道的行為。
東京裁判ではA級戦犯が訴追された?が、
BC級戦犯を訴追した裁判は、アメリカ、中華民国、イギリス、オーストラリア、フランス、オランダ、フィリピンの七ヵ国が、アジア太平洋地域の五一ヵ所に特設した軍事法廷で実施し(一九四五年一〇月─五一年四月)。日本軍将兵ら約五七〇〇名の残虐行為の刑事責任を追求、九〇〇名以上もの被告人に死刑が科された。このほか、ソ連と中華人民共和国も独自に対日戦犯裁判を行った。
日本軍将兵らの「ら」には、当時日本の植民地であった韓国人や台湾人の兵士、軍属も含まれることも忘れてはいけない。

本書は、連合国と関係諸国が、そうした被告人を“いかなる思想や法、仕組みのもとで”裁いたのか? 東京裁判に加え、アジア各地で行われたBC級戦犯裁判も含めた対日戦犯裁判の実像に迫った一冊である。
構成としては、
第I部:東京裁判と、それに先んじてドイツを裁いたニュルンベルグ裁判。国際軍事裁判(A級裁判)
第II部:アメリカや中華民国、イギリスなど7ヵ国が行ったBC級裁判
第III部:ソ連、中華人民共和国が行った対日戦犯裁判
これらの国々が、どのような背景を持ち、どう裁判を主導し、終結したのか?を縦糸とし
第IV部:上官責任と実行者責任、戦犯裁判と日本の旧植民地問題
第V部:戦争犯罪法の発展と国際刑事裁判、国際刑事裁判所と日本
という、対日戦犯裁判がはらむ責任の所在という問題点と、日本の植民地出身者が訴追された背景と構造の分析、これらの裁判以降が現在の国際刑事裁判へとどう発展したのか? これを横軸として、対日戦犯裁判の「成果と課題」を浮き上がらせる。

ハラ軍曹を思い浮かべて

敵対する軍隊が戦場で対峙し、銃弾を打ち合い、勝敗を決することは戦争の一局面でしかない。戦略拠点を確保するために村を襲い、そこに住む人を殺し、強姦し、略奪する。また、ジュネーブ条約で本来保護されるべき捕虜を強制労働させたり、虐待したりする。「戦争」とは、そうした犯罪も含めて戦争だ。それらは殺人罪、強姦罪、強盗罪であり、傷害罪だ。BC級裁判では、そうした犯罪が“上官からの命令”、もしくは“上官が行なうべき人道的保護 義務を故意又は不注意に無視”したことによって行われたものであっても訴追された。
上官の命令は情状酌量の理由にはなっても免責の理由にはならないというのが連合国の考え方であった。
この考え方がニュルンベルグ裁判や対日戦犯裁判で提起され、実際に裁かれたことは画期的で、今日の国際刑事裁判を考えるうえでとても重要だ。
同時に、BC級裁判を行った各国の事情や政治、国民感情により、“おおよそ”その考えに沿って訴追されたが、厳密ではなかったことも確かだ。そのほか、量刑の説明を記録している国/記録していない国、証拠の認定が厳密な国/アバウトな国、裁判の差し戻しが可能かどうか、収容所での戦犯の待遇なども国ごとに異なる。

本書を読んで、ジャワ島の捕虜収容所を描いた映画『戦場のメリークリスマス』を思い出した。ラストでイギリス人将校のローレンスは、翌日に死刑が執行される戦犯のハラ軍曹(ビートたけし)に面会する。彼が常態的に捕虜に対して振るっていた暴力。彼の上官であるヨノイ大尉(坂本龍一。このシーンではすでに処刑されている)の命令に従い、傷病兵を含む捕虜を集合させて死者を出したことなど、ジュネーブ捕虜条約を破る捕虜虐待による量刑だと考えられる。劇中、ハラ軍曹はヨノイ大尉の命令により韓国人軍属のカネモトも処刑しているが、それは多分、罪に問われていない。なぜなら、軍隊内部の犯罪は対日戦犯裁判の訴追するところではないからだ。

ハラ軍曹を裁いたのは、インドネシアのジャワ島を植民地にしていたオランダだという設定かと思ったが、映画を見直すと、戦犯収容所にユニオンジャックが掲げられているのでイギリスの設定かもしれない(収容所の捕虜はオランダ人とイギリス人だ)。どちらの国にしても、対日戦犯裁判には意欲をもって臨んでいた。
イギリスは戦争初期のシンガポール陥落をはじめとする一連の敗北によって威信を失墜させており、大英帝国の再建のためにはその威信を取り戻す必要があった。植民地民衆の前でイギリスが戦犯裁判を行うことはその観点からも重要な取り組みだった。
オランダも同様にインドネシアでの権威回復を目論んでいた。しかし、戦後すぐにインドネシア独立戦争に直面する。
多くのオランダ人、特に蘭印のオランダ人は新国家を日本の従属国家と考えており、その指導者たちは日本の「傀儡」と烙印を押された。戦犯裁判を実行すれば、一方で日本の犯罪の重大さが強く認識され、有罪の証明によって日本による占領が誤りであったことを裏づける法的・歴史的記録を確立し、その一方でオランダの植民地支配は正当、有能かつ、慈愛に満ちたものであったと説得することが可能だと考えられた。
帝国主義による植民地支配を温存するために対日戦犯裁判が利用された一面は否定できない。

ハラ軍曹は「(死ぬ)覚悟はできている。ただひとつ。私のしたことは、他の兵隊がした事と同じです」と、ローレンスに恨み言を言う。同情は感じる。死刑という量刑が妥当かどうかも検討が必要だ。しかし、2004年のアブグレイブ刑務所で行われた米軍兵によるイラク人捕虜虐待を許せない私たちは、同じ視線でハラ軍曹を見ることができるはずだ。

現在へと地続きの問題

対日戦犯裁判が、裁判を主導した国ごとの思惑や事情、世界の動きに左右されていたことは間違いない。はやい話“政治”による制限付きの裁判であった。問題点は多く、不完全だった。ただ、裁判を行う動機がなんであれ、戦争犯罪に対して法律を掲げて平和を創出しようとした試みは否定されるべきではない。ニュルンベルグ裁判と対日戦犯裁判の試みは、戦争に対抗しえる希望であった。そして旧ユーゴスラヴィアやルワンダの虐殺事件を経て、2002年に人類史上初めて戦争犯罪人を裁く常設の国際刑事裁判所(ICC)が創設される。

そして現在、ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺といった戦争犯罪を日々目にしている。そんな世界にあって、本来ならばICCが果たす役割は大きいはずだった。ICCは、プーチン大統領やネタニヤフ首相に逮捕状を出しているが、逆にロシアがICC所長の赤根智子氏に有罪判決を出すなど、法の秩序を平然と逸脱しようとしている。さらにトランプ大統領は、ベネズエラを攻撃してマドゥロ大統領夫妻を拘束し、アメリカの法律で裁くという。トランプ大統領はICCに制裁を加えることさえ示唆している。戦後80年をかけて、戦争犯罪に対抗する法律や裁判所の存在意義が今まさに突き崩されようとしている。その理由は、ニュルンベルグ裁判や東京裁判のときからすでに孕んでいたとも、歴史から何も学んでいなかったとも言える。だからといって悲観するだけなのか? 学ぶのに遅すぎることはないのではないか? そう思うのだが、どうか?

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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